ウスケバ・ロゴ ウスケバ・ロゴ ウイスキー造りに欠かすことの出来ない「水」そして「樹」。自然の力が生み出す「生命の水」。

2008年07月13日

■「たそがれる」



暮れなずむの、なずむを「泥む」と書くのは、
これは昔の田圃は深く水に浸かるから、
難儀したことに由来するという事を読んだことがある。

それで、農耕民族の習い性で、
スリ足や足踏み(ヘンバイ)が、「舞い」や「踊り」となって、
伝統芸能に昇華する。(武智鉄二「伝統と断絶」)
日本人は、歩き方にもその特徴が染み付いてしまった。
その一例が「ナンバ歩き」だろう。

海外の空港などで、遠くから来る一団が日本人なら、
歩き方に特徴があるから容易にわかる。

また夕暮れ時は、暗くて誰か彼かも見分けがつかなくなるから、
「たそかれ」が「たそがれ」になったと言うことだ。
いずれにしても、「闇」が世界を覆うときは、
魑魅魍魎の跋扈する時でもあるという恐れがコトバの背景にはある。

・・・そういう染み付いている、立ち居振る舞いはともかく、
とらわれなく、固定概念とかの「めがね」をとおしてではなく、
いまを在るがままに、生きている事の瞬間瞬間を、
実感してみたらどうなのよ。と思う映画が、
『めがね』なのだ。
故に登場人物は一様にメガネをかけている。

その「瞬間」「瞬間」を実感することを、
「たそがれる」とでも呼ぼうと言うのだ。

――おはようございます。
――きょうもいい天気です。

「ばしょ」「じかん」「ふうけい」それぞれに、
それぞれの「ひと」の実感がなければ、「たそがれる」こと自体が、
「概念」のうちに溶解してしまう。
だから南の島で、朝ごはんに、なんで「塩鮭」や「梅干」なのかよ。
という観る者の「概念」さえも挑発する、
「たそがれる」ことへのしかけがほどこされているのだ。
それは「かき氷」の刹那であり、「地図」さえも実感に添ってゆく、
いってみれば、「脱構築」へのアプローチなのであろう。

「何が自由か、知っている。」

スクリーンの向うの海と空を眺めながら、
ばくぜんと思うのである。
・・・自分を何処かへ置き忘れたママになっているのだろうか。
・・・そもそも自分なんて在るのかよ。
・・・我思う故に我在りとかいうけれど、受売りじゃん。
・・・ワレなんて在るのかよ・・・と、
・・・デカルトなんてローカルルールかもしれないぜ。


■『めがね』
監督・脚本 荻上直子 
出演 小林聡美・市川実日子・加瀬亮・石光研・もたいまさこ 2007年作品


  

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2008年07月09日

■かもめ食堂


    ●カタチは違うけれど、近所のパン屋さんの「シナモンロール」

皆さんはもうご存じと思いますが、
2006年に出来ました「かもめ食堂」を見てきました。
「かもめ食堂」はフィンランドのヘルシンキにあります。
つまり映画のはなしです。
主人のサチエさんは、レストランじゃなくて食堂にこだわります。
それで、メインメニューはウメ・シャケ・オカカのおにぎりです。
おにぎりはニホン人のソール・フードだからです。

アキ・カウリスマキの映画で見覚えのある、透明感ある白夜の街角に、
とつぜんあらわれた小さな「かもめ食堂」。
さっぱりと小奇麗なイスとテーブルが並びますが、
お客様もさっぱり来ないのです。

やがてひょんなことから、チキュウはひとつオーガッチャマンと、
「ガッチャマン」の歌詞をすべて覚えているミドリさんと会い、
ミドリさんも食堂のお手伝いを始めます。
  ――毎日まじめにやっていれば、そのうちお客様がやって来ますよ。
  ――それでもダメならその時はその時、やめちゃいます。
  ――ガッチャマンの歌詞を全て覚えている人に悪い人はいないですよ。
  ――世の中って、知っているようで知らない事ってけっこう多いのですよね。

また、旅行鞄が届かず足止めされたマサコさんも食堂に迷い込んできます。
  ――いいわね。やりたいことをやれて。
  ――やりたくないことは、やらないだけです。

  ――いらっしゃい。 ――コンニチワ。
  ――ハイどうぞ。 ――ありがとう。 ――どういたしまして。
  ――コンニチワ。 ――いらっしゃい。 ――おかえりなさい。 
こうして「かもめ食堂」は、じょじょに地元のお客さんに受け容れられてゆきます。

【Ruokala Lokki かもめ食堂のメニュー】 
おにぎり(梅・鮭・おかか)
鮭網焼き
豚の生姜焼き
とんかつ
肉じゃが
鶏の唐揚げ
卵焼き 
トマトサラダ
コーヒー
シナモンロール
・・・・等々。

  ――でも、ひとはずっと同じではいれないものです。
  ――人はみな、変わってゆくものですから。
  ――いい感じで、変わってゆくといいですね・・・。

■サチエさんも、ミドリさんも、マサコさんも、
びみょうなバランス感覚というか、ひとはみなスタイルを持っている。
まるで波間に浮かぶカモメのように、
身の丈ほどの軽やかさで振舞おうとする、
その空気感が、
「かもめ食堂」には漂っていて心地よい。

■そして、ふと気付くのだ。
「寛容」って、自分のスタイルがあってはじめて出来るのだね。
その逆に、自分のスタイルが出来ていなかったら、
というか、自分を失うと、人も受け容れられ無くなるのかな・・・。

  ――なあんて、たったいま思いついた、こじつけですけどね。
     ・・・これ映画のセリフ。

■『かもめ食堂』 
監督・脚本 荻上直子 
出演 小林聡美 片桐はいり もたいまさこ 2006年作品 


  

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2008年07月07日

■ロバート・アルトマン



ロバート・アルトマンの訃報から1年過ぎて、
DVDで「今宵、フィッツジェラルド劇場で」を観る事が出来た。
まだワカモンだった頃、「M★A★S★H」「ビッグ・アメリカン」を観て以来、
アルトマン映画の魅力は、いま思い返せば、
つねにある種の「謎」が含まれているということだろうか。
「謎」=不可知=ゆえにその作品は、つねに「失敗」と見紛う魅力を秘めている。
その「謎」も、とうとう完結してしまった。
だから、遺作「今宵、フィッツジェラルド劇場で」を鑑賞することは、
「アルトマンさん、ほんとうにお世話になりました」
という、ある感慨を込めて、映像を仰ぎ見ることになるのであった。
遺作「今宵、フィッツジェラルド劇場で」は、
そんなひとびとが抱く思いも、先刻お見通しというように、
「慈愛」に満ちた、アルトマンの世界なのであった。

ここで、まったく個人的に、鑑賞した作品から、
ロバート・アルトマンの『私的ベスト10』を並べてみます。

■ポパイ Popeye (1980)
■今宵、フィッツジェラルド劇場で A Prairie Home Companion (2006)
■ニューヨーカーの青い鳥 Beyond Therapy (1986)
■ゴスフォード・パーク Gosford Park (2001)
■ウエディング A Wedding (1978)
■ギャンブラー McCabe & Mrs. Miller (1971)
■ロング・グッドバイ The Long Goodbye (1973)
■ナッシュビル Nashville (1975)
■ショート・カッツ Short Cuts (1994)
■ボウイ&キーチThieves Like Us (1974)

ほかに
■宇宙大征服Countdown(1968)
■雨に濡れた歩道 That Cold Day in The Park (1969)=未見
■M★A★S★H マッシュ MASH (1970)
■ビッグ・アメリカン Buffalo Bill and the Indians, or Sitting Bull's History Lesson (1976)
■ロバートアルトマンのヘルス Health(1980)=未見 
■ストリーマーズ/若き兵士たちの物語 Streamers (1983)
■ゴッホ Vincent & Theo (1990)
■ザ・プレイヤー The Player (1992)
■プレタポルテ Pret a Porter (1994)
■カンザス・シティ Kansas City (1996)
■バレエ・カンパニー The Company (2003)
・・・等。

たとえば、マイベストの「POPEYE」である。
・・・ドシャ降りの海をボートに乗って、セーラーマン「ポパイ」がやって来る。
着いたイカレタ重税の島が「スゥイートヘブン」なのだ。
ドタバタのあげくに、スゥィーピーが誘拐されてしまうという、
まったくもって陰惨な嬰児誘拐ストーリーなのであるが、・・・

映画「ポパイ」は、いまの世の中を予見している。
こんにちに至る、擬制としての社会が、アルトマンにはすでにとっくに見えていたのだろう。
ゆえに、この作品は、リアルをはぐらかすように、まったくのデタラメを装っている。
めちゃくちゃの限りを尽くして、これはマンガなのですよと思わせたかと思えば、
歌がはじまり、いや、ミュージカルなのですよとはぐらかす。
しかも、その歌は、ことごとく調子ハズレで音程を外し、いったいこれは何ナノだ。
と多くの大衆がマユを潜めるような、
全く、ろくでもないドタバタ劇に偽装された、あきれる傑作なのだ。
その証拠といってはなんだが、
アルトマンは当然の如く、業界から長いあいだ、忌避されることになる・・・。

「アルトマンさん。ほんとうにどうもありがとう」



  

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2008年06月23日

■釧路のY君



机の中を整理していたら、
むかし自分で作ったポスターやらチラシやらが出てきた。
映画の名作を自主上映したりしていたのだ。
なつかしい寺山修司作品連続上映会だ。
裏面には、作品解説と同時進行で、
その年の「ダービー」「有馬記念」の勝馬を掲載したのが自慢だった。

それ以前からの付き合いの、
映画と酒の友、釧路のY君は、
月に一度釧路から帯広へひょっこり現れ、
レンタルビデオ屋とかを巡廻して、
希少なソフトを見つけると、報告に来た。

そんなY君のおかげで、
わたしは、いくつもの埋もれた名作を見ることが出来た。
「あんたはエライ」そう言って、褒めると、
Y君は、店頭のワゴンセールで1本百円とかを見つけて、
「よし買った」と言って、クルマを廻し、
ワゴンのビデオ全部を積み込んで、得意になっていた。

やがてLDもビデオも消えて、DVDの時代となったが、
Y君は、いつしか朝から酔うようになっていた。
そして駅前で、「オヤジ狩」に遭い、サイフを取られたりした。
その時はじめて、そうか、われわれは、
「オヤジ」なんだと実感した。

Y君は、いよいよ酒浸りとなり、
仕事にも、迷惑を及ぼすようになったので、
さすがの友人も心配して最後通告をした。
「おまえは、友ダチを選ぶのか、酒を選ぶのか、どちらかひとつにしろ」

するとY君は言ったのである。
「おれか、おれは酒を選ぶな・・・」

その話を後で友人から聞いて、
わたしは思わずつぶやいた。
「あんたはエライ」


  

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2008年05月30日

■「僕のピアノコンチェルト」



■「僕のピアノコンチェルト」
原題「VITUS」 監督フレディ・M・ムーラー 撮影ピオ・コラッディ 音楽マリオ・ベレッタ

  ■驚異的なほどに高い知能指数を持ち、ピアノの才能も天才的。
   “こうなったらいいのに”と思い描く夢をすべて叶える能力を持つヴィトス少年。
   しかし、頭脳は天才でも心は少年のままの彼は、うまくその溝を埋める事ができない・・・。
     (DVDジャケットより)

――「こうなったらいいのに・・・」という思いを、
練習問題を解くように実現してゆくヴィトス少年。だから「天才」なんだね。
こんな事って、ありえないというストーリーも、
天才ヴィトス少年本人が演じているから、説得力がある。

ヴィトス少年のホームヘルパーとなる初恋の少女に、
「山の焚火」の姉ベッリの面影を見つけたり、
CDを聞いて、すぐにロシア音楽の特徴を語るヴィトス少年にニヤニヤしたり、
いくつもの言語がブレンドされた日常会話に、
「音楽」のために、という言葉をさりげなく共有できる社会に、
スイスという国の存在感を再認識したりした。

6歳のヴィトス君の清んだ眼差しの先に、
「子どもの願いをかなえるために親と社会は存在する。」という
ムーラー監督のメッセージが伝わってくる・・・。

・・・フレディ・ムーラー監督の「山の焚火」を観てから、20年が過ぎた。
その間、心の何処かで、ムーラー監督の新作が気になっていたが、
監督自身、しばらく映画制作からは遠ざかっていたことも知った。
だから、「僕のピアノコンチェルト」には、
懐かしい恩師と久しぶりに再会するような、わくわく感があった。
そんな思いもあってか、視覚に訴えるそのシーン毎に、
記憶を甦らせる様に、「あっ、ムーラーだ」と
再確認しながら、すぐれた映像に酔った。
「僕のピアノコンチェルト」は期待に違わず、
長い沈黙で熟成された、モルトウイスキーのような素敵な味わいであった。

   ■人生はソロではなく、
    様々な音と響きあいながら奏でる
    コンチェルトのようなもの・・・(DVDジャケットより)

  

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2008年04月25日

■BAR(バール)に灯ともる頃



「BARに灯ともる頃」(エットーレ・スコーラ監督1989)はわたしの好きな映画。
今は亡き、マルチェロ・マストロヤンニとマッシモ・トロイージ共演の
「父と息子の不思議な関係」のキラリと耀く小品。
・・・イタリアの小さな港町、チヴィタヴェッキアで兵役につくミケーレを訪ねて、
ローマから父がやって来る。
暮らし向きの豊かな父の奨める仕事を拒んで、
息子のミケーレはひなびた田舎町に留まろうとする・・・。
1968年以前と以降。
イタリアにも、親と子の考え方に世代間のおおきな断絶があるのだ。
温もりの感じられる場末の「ピエトロのBAR」。
ミケーレはここの常連達の人気者だったのだ・・・。

■BAR(バール)とえいば、
イタリアでの楽しみは、朝のバールめぐり。
とくに地方都市では、
朝のホテルを飛び出て、旧市街のバールを、
何軒もハシゴするとじつに楽しい。

――カッフェ・ラッテ。
――カッフェ・マッキアート。(マッキアート=染み=ミルクを入れる)
――マッキアート・カルド。(カルド=温めた)
――ラッテ・マッキアート。(ミルクが主)
――ラッテ。

「コーヒー」に「ミルク」を注ぐから「カフェ・ラッテ」
「ミルク」に「コーヒー」を注ぐから「ラッテ・マッキアート」
卵が先か、ニワトリが先か、どっちでも好さそうなものだけれど、
これがまったく違うのだ。
そして、店ごとに、それぞれの作法があるから、また違う。
お店の数だけ、「カッフェ・マッキアート」はある。
BARバールの迷宮は際限がない・・・。
――今朝は、あそこの角の、あのバールが当たり。
なんて、冒険を始めたら、その街も去りがたくなるのがイタリアなのだ。


  

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2008年03月25日

■アビゲイル・ブレスリン



■アビゲイル・ブレスリン (Abigail Breslin 1996~ニックネーム=Abby)

きょうはちょっと遅れている映画の話。
中高年映画オタクとしては、もっぱらDVD化後の、
120インチホームシアター鑑賞となるので、
話題が、どうしても世間より1~2年以上ズレテいる。

ここ5年は、「アイ・アム・サム」「マイ・ボディガード」などの、
少女ダコタ・ファニングにすっかり感心していたら、
ダコタ・ファニングも成長して、当たり前だよね。
微妙な転換期となってしまった。

それでちょっと、寂しさなんか感じていたら、
昨年は、ちゃんと、そのお友達の、
「アビゲイル・ブレスリン」が登場していたという訳だ。

■「リトル・ミス・サンシャイン」(2006) Little Miss Sunshine のオリーブ。
  (サンダス映画祭・東京国際映画祭で話題だったという)
■「幸せのレシピ」(2007) No Reservation のゾーイ。
  この作品は、ドイツ映画「マーサの幸せレシピ」のリメイク。
  「”幸せ”は、ほんのちょっとのさじ加減。」
  ・・・「同じ話」をどう料理するか、食べ比べもいいかも。
  


ところで上記二作品とも、これは、このポッチャリ少女、「アビゲイル・ブレスリン」の映画だ。
とひたすら感心していたら、
ちゃんと昨年のアカデミー賞助演女優賞にもノミネートされていたのでした。

そういう訳で、世間に疎い、10年遅れの中高年映画オタクとしては、
ちかごろは、「ケイト・ブランシェット」と、この「アビゲイル・ブレスリン」のDVDに
「無条件幸福」状態です。

「いまさら、なに言ってるの」って若いもんに言われそう・・・

  

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