2008年08月27日
■「晩夏」と「タリスカー」

♪夏の日の幻 指先で弾けば
さらさらと砂の上に
くずれ堕ちて 日暮れ
♪紅の渚に 秋風のくちぶえ
ヒューヒューと躰の中 逆さに撫ぜる
♪風よ 起こさないで
眠りかけた 愛の記憶を
風よ うたわないで さむい名残り唄は
♪アデュー アデュー 夏よ
・・・・・・・・・・・・・・・
■この季節になると、ふと思い出す、
遠い記憶の、歌のせりふ。
これは、吉田旺作詞 杉本真人作曲の
『晩夏』の一節。 歌は、梶芽衣子。
うーん、いい歌だ。
・・・という訳で、夏の終わりに飲むシングルモルトは、
と聞かれたら、『タリスカー』を思い浮かべる。
強烈な個性を持つこのモルトも、
最近では、角が取れて、
「ヒューヒューと躰の中 逆さに撫ぜる」
そんなインパクトは薄れている・・・。
それでも、いまだ訪れた事のない、
スカイ島の短い夏の写真の光景を思い浮かべながら、
過ぎてゆく季節の余韻を、
フレーバーの中に感じることが出来る・・・。
タリスカーの、
口の中で爆発する「胡椒」のような特性は、
スカイ島のクーリンと呼ばれる溶岩流に起因するという事だ。
「TALISKER」とは、「Sloping Rock」=傾斜する岩の意。
さいはての海で、
波に洗われる岩礁。
そんな光景を見ると、
出会った頃の「タリスカー」を思い出すのだ。

■10年前のCLUBのタリスカー
2008年08月26日
■カロランのハープ

■カロランのハープ
今夜は、バイヤーの好きなCDを紹介します。
今日に伝わるモルトウイスキーの黎明期、
アイルランドに生きた音楽家、
トゥールロッホ・オ・カロラン(1670~1738)Turlough O'Carolanのはなし。
1997年に発売された、「Carolan’s Harp」=『カロランのハープ』BMG。
演奏=アンドルー・ローレンス=キング&ザ・ハープ・コンソート。
アイルランドの農家に生れたカロランは、18歳のときに失明してしまう。
当時は、眼が不自由なひとは、放浪のハープ弾きとなる習慣があった。
カロランは、ハープの手ほどきを受け、ハープと馬と案内人を伴い、
放浪の音楽家として旅を始める。
しかし、ハープ弾きとしての技能を否定されたため幾度と挫折するが、
それにより、むしろ作曲の才能が開花するのだ。
ウイスキーを愛し、女を愛した放浪の音楽家。
ヴィバルディやコレッリなどイタリアバロックの影響を受けて、
アイルランドの伝統的なハープ様式を完成させた人。
その美しく哀切で、シンプルで洗練された旋律は、一度聴いたら忘れがたいものがある。
彼の音楽はアイルランドで、今日でも広く演奏されているという。
■カロランの哀歌
■カロランのウイスキー用処方箋
■カロランの夢
■カロランのコンチェルト
■カロランの音楽への別れ
上記のCDは、現在廃盤のようですが、
機会がありましたら、
他の盤でも、カロランの音楽を是非聴いてみてください。
2008年08月25日
■「シングルカスク」と「スナックモルト」

RYU‘S CLUB 08年秋の新着は、
まず、余市のシングルカスクから。
シングルモルト余市12年に変わって、
CLUBでは
久しぶりの復活です。
■シングルカスク5年 CASK №400862 64%
■シングルカスク10年 CASK №407743 61%
■シングルカスク15年 CASK №110961 63%

また、余市蒸留所にて好評の、
ウイスキー麦芽そのものを「おつまみ」とした
「スナックモルト」も買ってきました。
写真のとおり麦芽そのものの、あっさりとしたおつまみです。
話の種にはピッタリなのですが・・・。
もんだいは食べ方ですね。
どうぞ楽しんでください。

2008年08月25日
■かもめは飛びながら歌をおぼえ

「かもめは飛びながら歌をおぼえ
人生は遊びながら年老いてゆく」
・・・・・・・・・・・・
「遊ぶことは 冒険することであり、
ためすことであり、知ることだったのです」
・・・・・・・・・・・・
これは、寺山修司のJRA広告向けの未発表原稿を、
武市好古氏が、『馬敗れて草原あり』(新書館刊)の解説で発表した、
「遊びについての断章」の一部です。
・・・そうだよね。
自分を試す。冒険する。それがチャレンジ。
それが競馬の「予想」にも言える。
しかし、バイヤーも歳を加えて、
むしろ経験が災いして、
「冒険」を避けようとする気持ちもつよくなる。
すると説教ばかりになって、
実際のところは、自分をガードしているにすぎない事に気が付く。
説教ばかりで、若者に笑われている中高年は多いね・・・。
歳を取ると、そういう事も背負って生きることになる。
それで、仕事でも、遊びでも、
近くにいる若者特有の集中力や感性を見出して、
再び後戻りできない、人生を感じながら、
若者からパワーをいただく訳だ。
「なあに、若いモンには負けてはいない」
とか思ったら、その瞬間が「老い」の時なのだろう。
だから、バイヤーも、
若者さんと世代交代したいと言うのもホンネです。
・・・・・・・・・・・・
「遊びは、人生の時刻表である。
人はそこに立ち止まり、自分の乗る汽車をえらぶ」
「人生は汽車である
旅をしながら年老いてゆく」
・・・・・・・・・・・・・
「夢の中で失くしたものを
眼がさめてからさがしたって見つかる訳はない」
「現実で失くしたものを、夢のなかでさがしたって見つかる訳はない」
「人はだれでも二つの人生をもつことができる
遊びは、そのことを教えてくれるのです」
2008年08月22日
■ばんえい競馬へゆく

「ばんえい競馬」とは帯広競馬場で行われている、
輓曳(ばんえい)と書く曳き馬競走。
サラブレッドやポニーなどの馬は軽種というが、
ばんえいの馬は、ペルシュロン種が元となる、
農作業等の重種の馬で、その馬体は1000kgもある。
ダート直線200mを二つの山の障害を600kg以上の重荷を引いて、
ゴールを目指すのだ。
さっそく、パドックを見てみよう。
うん。やはり重そうではないか。

それで、第二障害のヤマをどう越えるかで、
おおよそのレースの趨勢は決まる。

メインレースのゴールデンホース賞は、一発穴狙いで、
2番の馬から、大穴狙いの馬券を購入したが、
大外10番が、ヤマを越えてスイスイ行ってしまった。
狙いの2番は、ぜんぜんヤマを登ってこないのだ。
あーあ、やっぱり硬いレースであったか・・・。

レース毎に、コースはハロー掛けで整備される。
・・・気分転換に、場内の売店をうろうろ。

「激馬ドッグか・・・、」
「腹も空いたな」
「なんだこれは」
「バンバパン」
「バイヤーは、こういうのに弱いんですよ・・・」

「バンバパン」を齧りながら、場内をうろうろ。

「ばんえいラーメン」もあった。
それで、スタンドに戻ると、
あれ、みんな帰っちゃったんだ。
スタンドは仲間のカップルしか居ないじゃないの。

後半4Rは皆本命サイドで決まり、
ワタクシ以外の仲間は、
一様にマイナーな配当に在り付いたのは、
ともかくも、良かったのでした。

しかし、当らなくては、
盛り上がりにも欠けていましたので・・・、
今週は、あらためて「札幌記念」でリベンジして、
ついでに余市の「ニッカディステラリー」へ行ってまいります。
2008年08月19日
■奇妙な穀物の高騰

もし、機会があれば、ロスからNY行きの飛行機等で、
アメリカ農業の姿を、上空から見るがよい。
「なんだ、アレは。」
と衝撃を覚える筈である。
もし、機会があれば、上海から、
火車=「鉄道」に乗って、
中国の農業地帯の風景を見るがよい。
「・・・・。」
そして、もし、機会があれば、
関西から日本海側を経て、東北地方へ至る、
夜汽車にでも乗って、
変貌したニッポンの田園風景を眺めるがよい。
「・・・・。」
水と穀物と、それぞれの営農の姿と・・・、
そして太陽の黒点活動の変化がもたらす、
こんにちの気候変動のもとで、
食物の出自の風景を、
改めて見詰め直すべきかもしれない。
・・・・・・・・・・・・・・・
■バイヤーとしての、この夏のNEWSは、
あの、キャンベルタウンのスプリングバンク蒸留所が、
燃料と大麦の高騰で、しばらく製造を休止するという事だ。
昨年2007年6月の、アメリカバブル金融の破綻以来、
もっともリアルに「大恐慌」のさまを、露出させている英国だが、
モルトウイスキーの世界にも、当然影響を及ぼしている。
「大恐慌」とは、「おおいにおそれてあわてる」と書くのだね。
いったい、何を恐れて慌てるのか。
それは「カネ」だ。「富」が失われることになのだろう。
「カネ」が幻想の彼方に帰ってゆく事になるのだろう。
先のことは、まったく判らないが、
「お代官様・・・」と水戸黄門パターンにもあるように、
われわれ、弱いビンボーな庶民が、まずターゲットになっちゃうのだろう。
しかし、ここは慌てず。恐れず。やり過ごすしかない。
「カネ」持ちの方々は、大いに恐れて慌ててください。
それで、スプリングバンクだが、
さすがにキャンベルタウン唯一の生き残りで、
この奇妙な穀物の高騰に、
「やり過ごせ」という事になったのだと勝手に想像します。
何しろ在庫は売るほど在る訳ですから。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
CLUBの棚にも、
旨いモルトが眠っていた。
「スプリングバンク1992」
The Golden Cask
スコッチ業界の巨匠、JOHN McDOUGALLのボトリング。
説明は不要であろう。

2008年08月17日
■栄啓期図とデ・キリコの不在

ジョルジョ・デ・キリコの作品展を観たのは、
1970年代初めの鎌倉だったような気がする。
学生時代は、多くの美術展に足を向けたが、
なかでも「富岡鉄斎展」と「デ・キリコ展」は、
折にふれて、いまだに、ふと思い起こさせる何かがある。
「富岡鉄斎展」は、そのスケールに圧倒されたが、
鉄斎最晩年の作品、「栄啓期図」が忘れられない。
栄啓期が山路を飄々と下ってくる。
まるで萬有引力のままのように、
ニコニコと満ち足りた自然な姿に、
なんともこころ打たれるのだ。
「栄啓期さん。何故そんなに楽しそうにしているのですか。」
と孔子が訊ねると、栄啓期はニコニコと応えるのだ。
人として生れたこと。
男として生れたこと。
そして90歳まで生きたこと。
これをもって「三楽」という。
と栄啓期が応えた。
しかし栄啓期をして、
「酒」の楽しみを知っていたならば、
「三楽」とは言わず、「四楽」と言ったであろう。
たしか、そんなような中国故事からの画賛であったように記憶するが、
「栄啓期図」は、その後なかなか見ることが出来ない。
・・・なるほど。
それで、「三楽」という酒造メーカーがあったのであろう。
いっぽう、現代美術に多大な影響を与えた、
ジョルジョ・デ・キリコ。
この作品展も圧倒的であった。
時間が止まってしまったような昼下がりの不在感。
これはいったい何なのだろうか。
そんな思いが、宿題のように残ったままに、「時」は過ぎてゆく。
それで、イタリアの美術館を歩くたびに、
こころの片隅で、
ガイドブックで、デ・キリコの収蔵作品を探して、
歩いているのだけれど、
どういう訳か、デ・キリコ作品には廻り合わないのだ。
写真は、間違えて迷い込んだ、
ベルガモの現代美術館の中庭。
ここにも、デ・キリコはあるのだが・・・。
人影もなく、昼下がりの静寂のなかで、
光も止まっているようだ。
いつか観たデ・キリコの絵画を思い浮かべながら、
デジカメで、パチリと写した。
2008年08月16日
■ヒマワリの咲いている道で

きょうは、よいお天気なので、
幕別の丘まで、
ちょっと遠出をして、
ヒマワリの畑を見に出かけました。
♪あなたにとっては 突然でしょう
ひまわりの咲いている道で
出逢ったことは・・・
なんて口ずさみながら30分。
あっつ、咲いていた。
ヒマワリ。
向日葵というから、
花は太陽の方向に向いているものと思っていましたが、
ここのヒマワリは、太陽に背を向けて、
一様に東の方角を向いていました。
ハテナ?
周囲を防風林に囲まれ、
畑の傾斜が、なだらかに東に向かっている。
なるほど。
なんとなく、花の気持ちが分ったようで、
デジカメを覗くと、
あれ、夏の空は明るく、
畑は日陰のように、まっくらのコントラスト。
あの雲、動いてくれないかな。
畑に陽の光が差し込めば・・・、
なんて、ちょっと待ちぼうけでしたが、
雲に覆われた太陽は、なかなか顔を出しません。
時間切れとなり、しょうがないね。
と仕事に戻りました。
それで、写真はヒマワリ畑を明るく修整しています。
北国の短い夏は、こうして過ぎてゆきます。

2008年08月15日
■「十勝ダルマ」の謎。

近所の民芸品店で、
黒耀石の小石で出来た、ダルマの置物を見つけた。
・・・いまの時代には全くそぐわない、そのダルマを、
いったい誰が、根詰めて造ったのであろうか・・・。
そんな思いが、瞬時閃いて、つい買ってしまった。
やはり、バイヤーは買い物好きなのだ。
黒耀石は、北海道では十勝地方で多く産出しているので、
「十勝石」とも呼ばれる。
先住民族のアイヌも、
黒耀石の鏃を武器とする十勝アイヌは、いくさに強かったのだという。
トカチの語源も、そんなトカチアイヌの凶暴を忌み、
「トウカプチ」=幽霊。「トクアチ・モシリ」等から来ているという(永田方正)説もあり、
それで、十勝(じゅっしょう)と書いて、十勝(トカチ)と呼ぶのかどうか知らないが、
十勝ダルマには、「全てに勝つ」という縁起があるらしい。
一般には「十勝」の語源は、アイヌ語の「トカプチ」「トウカプ」=乳の形の意。
と言われているが、はっきりしない。
「乳」=二つの峰の連なりを、「おっぱい山」と呼ぶ習慣は地元にも多く、
十勝岳連峰も西方上川地方より眺めれば、「おっぱい山」なのだ。
また、海に流れ込む河川が、二股に分かれ、
その流れからも「乳」をイメージするという説もある。
いずれにしても、大地は「母なる大地」なのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それで、「十勝ダルマ」なのだが、
そういえば、このダルマの顔も、なにやらアイヌの彫物のような顔をしている。
いったい、誰が、何時、作ったものなのだろうか。
そんな疑問も、湧いてきて、さっそくネットで、「十勝ダルマ」を調べると、
なんと、この「十勝ダルマ」は、
むかしから、「日本三大珍品玩具」
として、珍重されていた事が判った。
そんな事、ちっとも知らなかった。
地元の人に聞いても、戦後生まれの周囲の人は、そんな事は誰も知らない。
■「日本三大珍品玩具」とは
【山口県岩国市の岩国石人形】
これは「ニンギョウトビケラ」という水生昆虫の巣が、
水中の小石に付着して、その巣が「ニンギョウ」のような形を成す。
【鹿児島の鈴懸け馬】
これは「桜島噴火の軽石」から削り出した「馬の人形」とあるが、既に現存しない物らしい。
そして、
【北海道の十勝ダルマ】
これは「黒耀石」を彫って、ダルマさんにした置物。なのだ。
この珍品玩具なる特性は、都からはるか遠隔地で造られ、
また素材が、共に代用できない、自然界の賜物であるという共通点からも、
なるほど、言われて見れば、「珍品」であることにじゅうぶん納得がゆく。
むかし「ニッポン三大何とか」といって、全国の名所・旧跡から、
名産品・特産品・名物などを集約したのであろうが、
それが何時ごろの流行コトバなのか、いまでは知る由もない。
しかし、現在でも山口県岩国市では、
この「岩国石人形」が現役で珍重されているらしく、ネットに登場している。
それで、「日本三大珍品玩具」としての、
「十勝ダルマ」の存在を再認識した訳なのだ。
それで、また「十勝ダルマ」だが、
民芸品店当主の坂本さんに、その由緒を聞くことが出来た。
100年以上前の1905年。明治の終わり頃、坂本さんのおじいさんは、
当時の十勝の中心地、池田で「坂本勝玉堂」を創業した。
その、おじいさんがプロデュースした、作品のひとつがこの「十勝ダルマ」なのだ。
黒耀石=十勝石の特性からヒントを得て、
水晶細工等で有名な郷里の山梨県の職人さんに彫ってもらったダルマ石は、
「日本三大珍品玩具」として、全国に知れ渡ったのだ。
そんな話を、坂本さんから聞きながら、
現在は観光カリスマとして「屋台村」の町おこしなどで活躍する、
坂本さんには、こうしたお祖父さんからの、
熱い「血」が流れていることも知った訳なのである。

ほんとうに灯台下暗し。
それで、また「十勝ダルマ」だが、
当然ながら、職人さんは既に鬼籍となり、
いまでは、この「十勝ダルマ」も、
在庫100余を残すのみと言うことなのだ。
偶然手にした「十勝ダルマ」。
その小さな石ころの置物は、
多くの時間と、秘められた謎さえも感じさせる、
貴重なものだったのだ。
■「十勝ダルマ」については、「坂本ビル 帯広」と検索するとよい。

2008年08月13日
■ナキウサギとトマト

大雪山(ヌタクカムウシュペ)はアイヌ語で、
カムイミンタラ『神々の遊ぶ庭』と呼ぶ。
夏の晴れた日に、
帰省した娘とキャンプをしながら大雪山へ行った。
朝6時台は、先を急ぐ百名山団体ツアー客などでラッシュアワーの様子なので、
それを見送ると、7時台のロープウエイはがら空きなのだ。
この30分から1時間のちょっとした時差で、
山は本来の静けさを取り戻す。
黒岳まで登れば、あとは天候と体力次第。
ロープウエイの最終便の日暮れまで、
ちいさくて可憐な高山植物が咲き誇る、
『神々の遊ぶ庭』を逍遥することができる。
コンニチハ。コンニチハ。
お先にどうぞ。お先にどうぞ。と日長一日、
目的を放棄して、引き返せる範囲で逍遥すれば、
カムイミンタラは、刻一刻と、
また別な姿を垣間見せるのだ。
それは夏の日の、束の間だけにゆるされる、
至上の楽園でのひと時だ。

御鉢平をぐるりと囲んで時計回りに、
正面の間宮岳・中岳・北鎮岳・凌雲岳・桂月岳・黒岳・北海岳。
よいお天気だから、とりあえず、北鎮岳辺りへ行ってみるか。

そんな具合で、散歩をすれば、
ハイマツの影で、あれ、鹿かと思う大きさの、
キタキツネが大あくびして昼寝している。
ガレ場の岩陰で、「ピチュ・ピーチュ」と声がする。
あれ、ナキウサギさんでないの。
・・・こんにちはナキウサギさん。
・・・登山者さんお先にどうぞ。
・・・いや行きません。写真撮るのです。
・・・という具合なのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ところが、先日のピョウタンの滝でも見かけた、
「指名手配」のポスターを、カムイミンタラでも見かけた。
「このハチみたらご一報ください!」=セイヨウオオマルハナバチ。
花に寄り添うミツバチよりもひと回り大きい、
尻に白い特徴のあるこのハチは、
トマトの受粉のために欧州から輸入された「外来種」だ。
そこで、帰ってネットを調べると、
ミツバチは、ミツを吸う舌の長さが種類によって異なり、
吸う花の種類も違うと言われるが、
舌が短いセイヨウは開いた花びらから吸わず、
横から刺して吸うため(盗蜜)、体に花粉がつかない。
東大保全生態学研究室によると、
横に穴が開くと、在来のマルハナバチもその穴からミツを吸ってしまうという。
花は受粉できず、共生関係が壊れ、植生まで変える恐れがある。
(asahi.com「恐竜以来の大絶滅時代か・・・」2008・6/10より引用)
トマト収穫の省力化の為に導入された「外来種」が、
栽培用のトマトハウスから逃げ出して野生化し、
生態系の連鎖を脅かす。
生態系の多様性は失われ、
恵庭市ではすでに9割のハチがこの外来種となり、
大雪山黒岳9合目でも発見されているという。
そして廻り廻って、氷河期からの生き残りの、
ナキウサギの餌となる植生をも、脅かしているというのである。

「・・・農家のおじさんこのトマトのハチは」「ああ、セイヨウじゃないよ。昔トマト」
「今のとどう違うの」「酸味があって、皮が薄い」「・・・なるほどね」
『神々の遊ぶ庭』カムイミンタラで、
細々と太古から生き残るナキウサギの世界にも、
効率化という名の、
人為的な、人間のエゴによる、
グローバリゼーションの負の側面が、
ひたひたと打ち寄せる・・・。

2008年08月07日
■ピョウタンの滝

新聞の北海道のページに、
「ムラの宝物」として、ピョウタンの滝が紹介されていた。
「有名でないけど、訪ねてみるとなかなか味わい深い。
そんな地元の人しか知らないような、
魅力の場所を掘り起こす」のだそうだ。
・・・どこの地方でも、
そういう愛すべき場所は、かならずあるので、
大切にしたいものです。
中札内村のピョウタンの滝は、子供が小さいときに、
キャンプをしたり、社員を連れて林間でバーベキューをしたり、
マイナーだけど、平日などに訪れると、とても静かで、
束の間の別天地にいるようなひとときを過ごせる。
村の観光資源といっても、
商業主義とは無縁な、とても瀟洒な場所です。
毎年、夏が来ると、
ピョウタンの滝へ行ってみたくなるのは、
随分以前に訪ねた時に、偶然、
谷一面に、ふわふわと植物の綿毛が舞っていて、
それは新緑の中で、まるで雪景色のようであった。
その光景をまた観たいと、
夏が来る度に、思うのだけれど、
もう、あの綿毛の舞う頃だろうか、
とか思っているうちに、
季節は過ぎてしまうのであった。
映画で言えば、フェリーニの「アマルコルド」。
音楽で言えば、ストラヴィンスキーの「春の祭典」。
そんな世界を思い出させる自然現象が、
人知れず山奥の谷間に出現するのです。

滝の傍の案内板によると、
「ピョウタン」の語源は
アイヌの地名の=ピヨロ・コタン(ちいさな砂利の多いところ)
から来ているらしい。
昭和26年当時、ランプで暮していた流域の人々が、
自力で貯水ダムを作り発電所を設けようと、
苦難の末にやっと、三年後の昭和29年に完成し、
札内川流域の家々にも、電燈が灯ったのでした。
しかし、それもつかの間、
半年後の集中豪雨で、
貯水ダムはあっという間に、
土砂に埋もれてしまったのです。
その堤の名残が「ピョウタンの滝」なのです。
ピョウタンの滝は、
日高山脈の憧れ、
カムイエクウチカウシの登山基地でもあります。
滝の廻りは公園となっていて、
山岳センターでは、熊の出没情報をチェックできます。

2008年08月06日
■バイヤーの買物好き

最近、一部修理中で、
休酒状態のバイヤーですが、
皆様におかれましては、
美味しい夏のモルトを愉しんでおりますでしょうか。
CLUBの棚ボトルの消化に、
益々ご協力の程お願い申し上げます。
お盆休みが過ぎますと、
また新着モルトを、どんどん買いに走る予定です。
そんな訳で、バイヤーの欠点というのは、
なんでも「買に走って」しまう事です。
ウチのカミサンからも、
「あんたは、ずいぶん買物好きネ」なんてイヤミを言われます。
知りあいからも、
「買わなきゃいいのに」なんて言われますが、
これは勝馬投票券の話です。
「アタボウヨ。バイヤーは、買うのが仕事だもんね。」
と言おうとして、コトバを飲み込むのもバイヤーなのです。
昨日も仕事の帰りに、
「ルッコラ」をぜんぶ買おうとしましたら、
農家のおじさんに、
「毎日、少しずつ買ってくださいよ」と言われました。
おっしゃる事、ごもっともでございます。
しかし「少しずつ」。それがバイヤーには出来ないのです。

いっぽうで「在庫」の増加が恐怖となり、
酒・食材・書籍・DVDなど、
在庫消化と格闘の日々でもあるのです。

本でも、DVDでも、酒でも、
読んだり、観たり、飲んだりするためにあるので、
貯め込んでも、何にもならないのは、アタリマエです。
だから、ワインをコレクションするとかは、
バイヤーとしては、クワバラ、クワバラなのです。
はやく飲んでしまうに限るわけです。
それが、ニッポンの「一期一会」の美学なのだと思います。
なんちゃって、これはバイヤーの自己弁護というものです。
それで、モルトを買わない時は、
「野菜」とか、「食材」とか、「書籍」とかを、
やたらと買ってしまうバイヤーなのです。
写真は、昨日買った野菜と食材。
採れたてキャベツ・採れたてズッキーニ・
もぎたてバジル・ルッコラ。
そしてミニトマトはプラム型のアイコ・カナリーベル。
食塩は、家庭よりNaCl を追放・・・。
そして最近読んだ、近頃お薦めの「本」です。

2008年08月04日
■七夕祭り

8月7日は旧暦の「七夕祭り」。
ここ帯広でも、商店街の「七夕」に屋台が並び、
宵ともなると、夏休みの女の子たちが大挙、街へ繰り出して賑っています。
RYU’S CLUBでも、当番織女の、
AYAさん・AIさん・KAZUMINさん、
そしてMACKYさんが会員の皆さんの、
お立寄りをお待ちいたしております。
・・・七夕の夜には、どんなモルトを飲めばよいのか。
バイヤーのイメージするボトルは、
天の川をスペイ川に見立てて、
「マッカラン」には「アベラワー」
「ノッカンドオ」には「グレンファークラス」
「グレングラント」には「グレンロセス」
「グレンフィディック」には「モートラック」
・・・そんなところでしようか。
■ここで、ついでに「七夕伝説」の薀蓄を引用いたします。
・・・・・・・・・・
「万葉集」の人麻、赤人、憶良などに七夕の歌が豊富であるのから考えて、
牽牛織女の交会伝説と行事とは、
奈良朝より以前に唐から伝来したことが判る。
そして天神の娘織女には棚機を織る女を当てて、タナバタ(ツメ=津女)と名づけ、
時にオリヒメといい、牽牛には当てる名がないので、
男の敬称によりヒコボシと名づけた。
それぞれ、
こと座のα(ヴェーガ)と、
わし座のα(アルタイル)と二つの一等星で、
天の川を隔てて瞬きかわす印象が、中国で七夕伝説を生んだのである。
(中略)
・・・それが宮中の年中行事となったのは平安朝に入ってからで、
しだいに民衆化し、
農村では在来からの田の神祭と合体して、
豊作に対する信仰を伴うようになった。
タナバタの語源を「田の端」と解く方言学者もあった。
『日本の星』星の方言集 野尻抱影著 中公文庫刊 より引用。
・・・・・・・・・・
いにしえからいまに伝わる物語の背景で、
ヒトの歴史のモノサシでは
星空だけは永劫不変なのだ。
夏の夜空に眼を向けると、拡がる天空の中心で、
ひと際特徴をなす「夏の大三角形」。
こと座1等星 ベガ 織女(織姫)。
わし座1等星 アルタイル 牽牛(彦星)。
そして、はくちょう座のデネブ。
夜の9時ごろでしたら、
天頂に青く輝く「ベガ」は、
古代から、人々に物語を、
想い浮かばせずには措かないほどに、
美しく輝いています。
バイヤーも夏の夜空を眺めるたびに、
サラブレッドの「ベガ」や「ホクトベガ」を思い出します。
そして、その三角形の南の空では、
先日「水」の存在が明らかになった、
「火星」が燦然と輝き、
西の彼方に目を遣れば、北斗七星の西方で輝くのは、
うしかい座のアルクトゥルス。そして、おとめ座のスピカなのです。
街の灯かりもいいですが、
あまり酔いの廻らないうちに、
たまには夜空に瞳を凝らすのも、
夏のロマンなのです。

2008年08月03日
■キガラシの花が咲いています

春先に咲く、家の白木蓮の花があまり咲かないと「夏」は冷夏という
言い伝えがあります。
「ホントかなあ」と春先は、半信半疑なのですが、
ここ数年の夏の天候をみると、
言い伝えは、結果的に正しいのでした。
今年は、5月の低温で、
アスパラも、ラワン蕗も、生育が悪かったようです。
海では、昆布も育ちが悪いはずです。
十勝地方も、ここしばらく曇り空の多い
ぐずついた天候が続いています。
それで、早とちりして、紅葉し始める
未熟な木々の枝もあるのです。

それでも畑では、夏の風物詩、
キガラシの花が咲き誇っています。
そして道端では、コスモスの花が咲いています。
帯広競馬場では、ヒマワリの花が満開だそうです。
それで、今週はヒマワリを見に、
「ばんえい競馬」へ行くわけです。






