2008年09月26日
■「大雪山」きょうの雪景色

皆様ご無沙汰いたしております。
バイヤーは今日、層雲峡を越えて、十勝へ戻りました。
層雲峡で、お昼に「ザンギラーメン」を食べて、
トンネルを越えて山道に入ると、
フロントガラスに、あられが吹きつけ始めました。

沿道の草叢はうっすらと「雪化粧」

そこで、急遽、脇道にそれ、
衝動的に「銀泉台」を目指した訳です。
クルマの温度計はどんどん下がって、
とうとう摂氏1度になりました。
それでも、銀泉台へ着くと、
紅葉見物の観光バスから降りたおばさんたちが、
ヤッケに身を包んで、
雪の中の紅葉を目指して歩いてゆきます。
お互いに、ごくろうさんです。
寒さですぐに戻る事でしょうが。
お気をつけて・・・。

こうして
大雪山は今日から、
永い「冬の時」が始まるのですね・・・。

2008年09月16日
■誰もいない海

いまは、もう秋です。
・・・しばらく海見てないな~。
・・・私の原風景は砂浜の海岸ですが、海、見たくなりました。
という「バンカーさん」のコメントにお応えして・・・。
モノトーンの浜辺をアップしました。
ここは黒潮に洗われる太平洋の北の浜辺です。
あれ、ほんとうに誰もいないな。
♪いまは~もう秋 誰もいない海
~たったひとつの夢が 破れても
わたしは忘れない 砂に約束したから・・・
~愛しいおもかげ 帰らなくても
わたしは忘れない 空に約束したから・・・
わたしも、砂に約束しようと、
一握の砂を掴めば、
さらさらと指のあいだから
こぼれ落ちて日暮れ。
あれ、これも何処かで聞いた歌みたい。
そう、約束はたいせつ・・・。
浜辺を離れて林に立つと、
足元では、カラカラと音を立てて
落ち葉が風に舞っていました。

2008年09月15日
2008年09月11日
■「月見で一杯」名月モルト

旧暦8月15日は「中秋の名月」
今年の十五夜は9月14日。
あいにく「中秋の名月」当日は日曜日につきCLUBはお休み。
そこで、会員のみなさま。
あなたが、
【お月見にもっともふさわしいと思うモルトを教えてください】
「うーーん。さすがにCLUBの会員だ!」
・・・という回答をお寄せいただいた会員の方全員に、
CLUBの当日担当当番の、
■ AYAちゃん。
■ AIちゃん。
■ KAZUMINNちゃん。
■ MAKKYちゃん。
から、
それぞれ、「月見で一杯」のモルトが、プレゼントされることでしょう。
【RYU’S CLUB 月見で一杯キャンペーン】
9/16-9/20 5日間限りです。
期間中に、CLUBで、下記のコメントを寄せればいいのです。
■コメント例
=「わたしの月見で一杯は、ローズバンク。理由=モルト大好きです。」
・・・・・タダ、それだけでいいのです。
皆様の気の利いた、コメントをお待ちいたしております。
それでは、RYU’Sでお会いしましょう。

2008年09月10日
■九月になれば=ポルチーニ

お盆の頃になると、秋刀魚の初物が店先に出回り始め、
「旬」と言われるほんの直前の、味覚のときが、
北海道で暮していて本当に良かった、と実感する瞬間なのだ。
刺身でもいただける新鮮な魚の旨味を閉じ込めて、
レアすれすれの火の通った塩焼きは何物にも変えがたい。
塩は海塩よりも、むしろ「岩塩」であっさりとした味のほうが、
この場合旨味が生きる。
でもこれも、それぞれの好みであろう。
秋刀魚がありがたいのは、万能の世の中にあって、
あたりまえながら、「養殖」ではないということもあろう。

――それから、この季節になると、どうしても思い起こす食材が「ポルチーニ」だ。
ミラノの秋は、合言葉は「ポルチーニ」というくらい、
リストランテでは、それぞれが腕をふるって、本日のお薦めに、ポルチーニが並ぶ。
店を替えれば、毎晩変化に富んだ、ポルチーニ料理を堪能できる。
この季節は、ポルチーニを食べに、北イタリアを彷徨しても飽きないであろう。
ポルチーニは椎茸のように培養して栽培出来ないので、
貴重な季節の贈り物なのだ。
日本では、乾燥品で、その独特の香りを「リゾット」でなどで味わう事が出来るが、
やはり生ものの食感とインパクトを味わいたいという思いは消えない。
それでも、旬のポルチーニの味わいを、経験すると、
肉厚のなま椎茸に記憶を生かして、
「しいたけ」の美味しいこなし方も工夫できるようになった。

2008年09月09日
■積丹半島にて

海に開けた道沿いの、海と山の隙間に、
僅かに車の止まれる場所を見つけて停車をすると、
老人が話しかけてきた。
――どうしたね。
――ちょっと、小休止です。
――ああ、いいよ。
――そうか、ここはおじさんの「土地」なんだ。
――隣は有料だけんど、ここは無料だ。
――なるほど、空き地に「有料」って書いてある。そうか、この浜はキャンプ場なんだ。
――そうだ。キャンプかね。
――いや、通りがかりで・・・。
――何処行くの。
――何処?ああ、これから競馬に行くんだ。
――何があるね。
――札幌記念。クルマの中で、みんな「競馬新聞」読んでいるでしょ。
――ああ、そうか。浜に突き出たこの建物は、オラのだ。
――そうでしたか。コンクリの車庫は物置の屋根なんだ。でも此処で何するの。
――ここで、海見るんだ。
――海なら何処でも見れるじゃないの。
――いや、此処でだ。オラの建物だから。
――そうか。海を見る場所が決まっているんだ。
――そうだ、オッカアと口論になると、此処で海見るんだ。
――たまには、そういうこともあるでしょう。
――いや、しょっちゅうだ。
――・・・そうですか。けっこう恐いものがありますね。
――そうだ。恐いもんだ。
――前が海では、逃げ場もないし・・・。おじさんも気をつけた方がいいね。
――そうだ・・・。
――でも、海を見れば、諦めもつくね。海は広いから・・・。
――そうだ・・・。
――そうか、「海」はいつもおじさんの味方なんだね。
――そうだ・・・。
――じゃあ、競馬へ行くから。
――じゃあ、気をつけて。
――おじさんも、気をつけてね。お邪魔しました。
――・・・・。

2008年09月05日
■九月になれば=「モーレンジの黄金果汁」

セラー13とトラデショナルが
CLUBでは
定番のグレンモーレンジ。
おもえば、当初から、
さまざまなボトルが、
入れ替わり、立ち代わり、
留まる事を知らない・・・。
その、モーレンジの
定番ラインナップに、
昨年から登場した、
「ネクター・ドール」が、
遅ればせながら、
CLUBの棚にデビューした。
ポテトチップじゃあるまいし、
何味、何味というのを、
かたくなに軽蔑し続けた、
硬派のバイヤーです。
いかにも
「不二家ネクター」を思い起こす、
そのイメージを回避するのは
道理なのです。
しかし、歳を得て、
「ガツン」と痺れるカスクばかりでは、
身が持たん。と、
ここへ来て、最近トミニ思うのです。
そこで、この秋は、
「甘口」に転向いたします。
グレンモーレンジ、「甘口」。
許しましょう。
トロリ甘口なモルト。
許しましょう。
皆様も、
貴腐ワイン=ソーテルヌ樽で仕上げた、
「ネクター・ドール」=黄金果汁を、
訳ありな人とご一緒に味わって、
甘いひとときを勝手にお過ごしください。
・・・・・・・・・・・・・。

2008年09月05日
■九月になれば=「ゴマちゃんグミ」

娘を空港へ送っていって、
売店で、新得「共同学舎農場」のチーズを購入すると、
レジの脇に、「ゴマちゃんグミ」が。
娘が、「カワイイ・・・」
・・・とか、控えめにつぶやいたので、
つい、買ってしまったのでした。
「ゴマちゃんグミ」。
家に帰ると、
あっちゃー。
チャイナから来たゴマちゃんでないの。
着色料、赤色40号・黄色4号・青色1号、人工香料、ゲル化剤、ペクチン・・・。
うん、いろいろ、たっぷり入っているな。
なんて思って、
エンピツ立てに飾って、「観賞用」となった、「ゴマちゃんグミ」なのです。
・・・それでも、
ゴマちゃんグミの味は・・・。
どんななのだろうか。
とか気になるのも、バイヤーなのです。
それで、ボウモア18年を、おくちに含んで、ゴマちゃんグミをペロリ。
ボウモア。ゴマちゃん。ぺろり。ボウモア。ゴマちゃん。ぺろり。・・・。
という具合に、
なるほど、「ボウモアグミだ。」
・・・馬鹿ですねえ。
と、つくづく、自分でも思います。

■そうでした・・・、
九月になれば=「ゴマちゃんグミ」
ではなくて、
九月になれば=「ボウモア」と書こうとしていたのです。
「九月になれば」は、昔懐かしい、
ビリー・ヴォーン楽団のポピュラー音楽。
「BOWMORE18年」入荷しましたので、愉しんでください。

2008年09月04日
■九月になれば=「ブローラ」とともに

■RYU'S CLUB 2008「空瓶速度№1」の、
シグナトリー「BRORA」の首位の座がここへ来て怪しくなってきた。
その高価なボトルの、
さらなる高騰による影響もあるのだろうが、
むしろ名残を惜しむように、
分別ある会員が、ちびりちびりと、
大切に味わおうという雰囲気が、
ボトルのそこかしこからも漂い始めている。
たしかに、それもそうであろうが、
ここは、店頭から消えるまで、
しっかりと、「ブローラ」を買い続けようと気持ちをあらたにした次第です。
■その間隙を縫って、いつの間にか、
やはりシグナトリーの「LAPHROAIG」が人気急上昇なのである。
いわゆるラフロイグらしさを強調しないエレガントなところが、受けるところだが、
なによりも、コストパフォーマンスに優れているところが良い。

■そして、「空瓶速度№2」の、
「THE GLENLIVET ARCHIVE 21」も不動の人気を保っている。
まだ、このリベットを知らない会員も多いので、
この秋は、いっそう人気のアイテムとなりそうである。

■季節も変わることだし、たまには、「MACALLAN 17」でも飲んでください。
2008年09月03日
■九月になれば=「ハイランドパーク」

ハイランドパーク創立200年記念ボトルは、
CLUBの宝物ですから、開ける訳にはゆかないのです。
バランスの優れた「北の巨人」、ハイランドパークは、
コスト的にも気軽に愉しめる、定番ボトルです。
ですから、一年を通してコンスタントに消化されます。
それで、そろそろと思う頃、「切れました」という報告が、
バイヤーのもとに届けられる訳です。
シングルモルトの世界でも、
コロコロと変わるボトルのデザインと共に、
中味も微妙に変化して、
世界を覆う効率化の風潮を、
改めて感じさせられる昨今ですが、
嘆いたところで、始まりませんので、
一方で、カルト的なボトルの仕掛けも施す必要があるのです。
・・・・・・・・・
■今回のもうひとつの「ハイランドパーク」はブラッカダーの
『オールドマンホイ』=ハイランドパーク14年。
BLACKADDER LEGENDARYシリーズ。
オークニー島の、つまり「オーケディアン」の酒を謳っている訳です。
オークニー島の荒々しい北の海に突き出た、
ランドマークとしての奇岩。「オールドマンホイ」を名乗る以上は、
それなりの気概がボトルに込められているはずです。
・・・・・・・・

■そして、最近の話題のひとつ、
「デュワー・ラトレー」のカスクコレクション。
モリソンボウモア社を経営していた、あのモリソンファミリーが、
女性マネージャー、スーザン・ウエブスターを迎えて、
「品質に磨きを掛けた」ボトルをリリース始めたという事です。
その、HIGHLAND PARK 1992 16年。
どんなもんでしょうか、是非チャレンジしてみてください。
・・・・・・・・・・
・・・こうしてバランスを取りながら、
CLUBの棚をコントロールしている訳です。
それでは、RYU'S CLUBでお会いしましょう・・・。

2008年09月02日
■九月になれば=「トミントール」

■マーレイマグディヴィッドのミッションで愉しみました、
トミントール1973=31年。
あれから半年を経て、
新着の「TOMINTOUL27年」が到着いたしました。
マイケル・ジャクソンの【ウイスキー・コンパニオン】には、
「デリケート、草のよう、香水のような、ライトなフレーバーの食前酒」
・・・などの言葉が並びます。
さて、CLUBの皆さんは、
どのような印象をもたれるでしょうか。
秋の夜の、はじめの1杯として、このライト感覚のモルトを愉しんでください。

■ダフタウンから、ベンリネス山の懐を、
クルマは、グランピアン山脈を越えてゆきます。
カーラジオから流れるBBCの音楽は
「THE SKY BOAT SONG」
あたりの風景にぴったりの曲です。

■澄んだ小川が、ヒースの丘を流れてゆきます。
まだ、このあたりでは、水の色も透明で、
あの泥炭のチョコ色はしていません。

■スペイサイドの最も上流部に位置して、
登山やトレッキングの基地となる、
トミントール村へは、
まだ幾つのも丘を越えてなくてはなりません。
2008年09月02日
■美の歴史とシングルモルト

モルトウイスキー蒸留所揺籃の頃の18世紀。
スコットランドでは、「スコットランド啓蒙」と呼ばれる時代であった。
その頃から今日まで、
おおくのウイスキー蒸留所は、
消長を繰り返し、現在に至るのだが、
いまに伝わる100余りのモルトの、その個性との出会いが、
モルトウイスキーいちばんの愉しみであろう。
風土に根ざす、個性的で多様なものの背景には、
個性を育む、ものの見方や、考え方が無くては、生まれないとも言える。
・・・食後の読書にぴったりの、わかりやすい読み物。
ウンベルト・エーコの「美の歴史=STORIA DELLA BELLEZZA」を、
ぱらぱらと、時代ごとに拾い読みしたり、眺めながら、
モルトウイスキー揺籃の頃の、ヨーロッパの「美の歴史」を振り返るのも興味深い。
・・・それにしても、ウイスキーは旨いのに、
スコットランドでも、どうして料理はこういう味に、なってしまうのであろうか・・・。
・・・・それはさておき、
スコットランド啓蒙の中心的な存在のひとり、
ディビッド・ヒュームの「主観主義」の思想は、
当時のヨーロッパの「美」の観照にも、おおきな影響を与えている事を知った。
以下「美の歴史」から引用する。
古典主義と新古典主義
・・・・・・・・・・・・・・
考古学研究は18世紀後半、確かに流行りであった。
これは、ヨーロッパの規範の外にある異国的な美を求めて
遠方の土地へ出かけて行く旅行熱をよく示している。
しかし、研究、発掘、遺跡の発見だけでは、この現象を説明するのに充分ではない。
なにしろ、ポンペイの発掘(1748年)にたった十年先んじただけのエルコラーノの発掘(1738年)
に対して世間はまったく関心を示さなかったのである。
ポンペイの発掘が、古代と起源への真の熱狂に火をつけるきっかけとなった。
この二つの発掘の問に、ヨーロッパの趣味に深遠な変化が生じたのだった。
決定的であったのは、ルネサンス時代の古代世界のイメージは
じつは古代末期の退廃の時代のものであることが発見されたことだった。
古典的美とは、じつは人文主義者たちによって歪められたものであったことが明らかになった。
そしてこれを拒絶して、「真の」古代の探究が始まった。
18世紀の美に関する諸理論を特徴づける革新的な性格はここに起源をもつ。
原初の様式の探究は、伝統的な様式との断絶や因襲的な主題やポーズの拒絶をもたらし、
表現上のより大きな自由に役立った。
しかし、規範からの自由解放を声高に訴えたのは芸術家たちだけではなかった。
ヒュームによれば、批評家は、
自分の判断を外部からの偏見や慣習から解放される力さえあれば、趣味の規準を決定できる。
批評家の判断というものは、方法・洗練・経験はもとより偏見からも離れて、
良識のような内的特性にもとづいていなければならないのだ。
このような批評は、のちに分かるように流布しているさまざまな思想が、
議論と――もちろん――取り引きの対象とされることが前提になっている。
同時に、批評家の活動は、古典的規則からの趣味の決定的解放を前提とする。
これは少なくともマニエリスムから始まった運動であった。
そしてこれはヒュームにおいて、懐疑論に近い美学の「主観論」に達した。
(この懐疑論という言葉は、ヒューム自身が肯定的意味で、
自らの哲学にあえて与えた呼び名である)。
このような状況の中で、基本的なテーゼは、美とは事物に属するものではなく、
批評家、すなわち外的影響から自由な観者の頭の中で形成されるものだということになる。
この発見の重要性は、
17世紀にガリレイによって物理学の分野でなされた人体の諸性質
(暖かい、冷たい、など)の主観性の発見に匹敵するものであった。
「人体の味覚」の主観性――ある食べ物を甘く感じるか苦く感じるかは、
その食べ物の性質によるのではなく、それを味わう者の味覚器官しだいであること――
は「精神的味覚」の主観性に相応する。
事物に本来そなわっている客観的な価値という基準が存在しないのだから、
ひとつの物が自分の目には美しく見えても、隣人には醜く見えることもあるわけだ。
(東洋書院刊 ウンベルト・エーコ「美の歴史」植松靖夫監訳P244-246)
デイヴイド・ヒューム
『道徳、政治、文学に関するエッセイ』ⅩⅩⅢ,1745年頃
美は事物そのもののうちにある性質では全くない。
それは、事物を観照する心の内にしか実在しない。
だから、各々の心はそれぞれ相異なる美を知覚するのである。
ある人は、別の者が美を感じとるところで醜を知覚しさえするかもしれない。
そして、あらゆる個々人は、他人の感情を規制することなど主張せずに、
自分自身の感情に同意すべきである。
真の美ないしは真の醜を追求することは、
真の甘さや真の苦さを確かめられると主張するのと同じ程に無益な試みである。
身体器官の性向に従えば、同一の対象は甘くも苦くもある。
そして、ことわざが正しくも明快に言っているように、
味覚についての議論は無益なのである。
この格率を、身体の味覚と同様、
趣味ついても拡大して適用することがきわめて重要である。
こうして、哲学、とりわけ懐疑的哲学とはしばしば対立する常識的立場は、
少なくともこの場合は、
趣味については争えないという判断を下す点で互いに一致するのである。
(東洋書院刊 ウンベルト・エーコ「美の歴史」植松靖夫監訳P247)
2008年09月01日
■九月になれば=「アラン」

お待たせいたしました。
ただいまCLUBへモルトを運びました。
ダンボール2箱一杯。
あー、腰がいてて・・・。
■これから「秋の新着」を随時ご案内いたします。
今夜の一杯は、
Arran
「シェリー」と「バーボン」
ちょうど在庫が尽きたところでしたので、
グッドタイミングですね。
それでは、お楽しみください。






