2008年10月20日
■知床旅情

――すっかりご無沙汰いたしておりますうちに、
秋もだいぶ深まってまいりました。
CLUBの皆様お元気ですか。
ブログも日々の雑用に追われて、
遠ざかると、ずうーーと途切れてしまいますね。
そんな訳ですから、身辺雑記でお茶を濁しましょう・・・。
バイヤーは、久しぶりで再会した、親類を案内して、
秋の一日、知床へ足を伸ばしました。

朝の知床峠は、快晴です。
足元の光る海のむこうは「北方領土国後島」
ちょっと高く見えるのが泊山です。
それでも視界に入るのは、国後島の四分の一程でしょうか・・・。

世界遺産「知床岬」は、きょうも観光客で賑っていますが、
バイヤーにしてみれば、観光地はおなじみの風景。
あまり興味は湧きません。

観光地よりも、むしろ車窓に広がる
刻一刻と光を受けて変化する、オホーツクの海に感激するわけです。
きょうは、モヤで見えませんが、
知床半島の眺めは、春先の網走辺りからが最高ですね。

そして、知床のお土産は何。と問われて、
まず、推奨の「メンメ(キンキ)の一夜干し」を求めましたが、
この季節は見当たりません。
それで次なる推奨品は、
何といっても「厳選・羅臼・真ホッケの一夜干し」特大サイズ。
・・・うーん。美味い。
ホッケにもいろいろありますが、これは絶品。
一同、黙々とホッケの開きを堪能致しました。
以上。

2008年10月10日
■CLUBのあたらしい「水」

《DEESIDE》
KAWATA理事長の提案で、
これまでの「南アルプス天然水」と替わって、
この秋は、ハイランドの水「ディーサイド」が登場いたします。
しばらくは、これでモルトを楽しんでみましょう。
より軟水ですが、シングルモルトとの相性は如何なものでしょうか。
――ここでは、バイヤーのコメントは差し控えますが、
CLUBの皆様も、是非いろいろお試しください。
ディーサイドウォーターは1760年以来、
スコットランドのパンニャニック鉱泉から湧き出している天然水だそうです。
【以下Whisk-e のディーサイドウォーターのページより引用】
《 ディーサイドの5つの特徴 》
1.日本に輸入されている唯一のスコットランドの水。
2.スコッチのマザーウォーターで、ウイスキーとの相性抜群。
3.硬度22の超軟水でやわらかく、なめらか。
4.英国内の実験で『抗酸化作用』が確認され、健康に良い水として世界で人気沸騰中。
5.スパークリングは発泡性が高く、ソーダの代わりとしてお使いいただくことも可能です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
《ここで、モルトグラス君補充のおつまみとボトルの紹介をします。》
■徳用ソフトマンゴー
■枝付き干しぶどう (アルゼンチン産)CLUB定番だが、産地はいろいろ。
■【特売】ラガヴーリン16年
■【おひとり様1本限り】キルホーマン ニュースピリッツ 63度
■【大特価】 ラフロイグ 15年 43度
■『ダンカンテイラー』 ザ・ビッグスモーク
・・・・・・・【特売】【おひとり様1本限り】【大特価】
・・・このあたりが、モルトグラス君の得意技なんだ。
・・・おかげで、ガンガン飲めるって訳。
・・・どうもありがとうございます。
・・・でもいまでは、身がもたんね。

2008年10月09日
■閑古鳥の鳴き声

CLUBは今夜も、閑古鳥だろうな・・・。
なんて思って、電話をすると、
「はい。RYU’S CLUBです」
と明るい声が・・・。
「――バイヤーですが、誰ですか。」
「はい。(◎△◎)です。」
「元気いいね。ところで、今夜は忙しいかい?」
「いや。カンコチョウです。」
「えっ、官公庁がどうしたって・・・」
「いや、カンコチョウ」
「おいおい、それを云うなら、カンコドリでしょう」
「えー、はい。カンコドリですか」
「そうか、閑古鳥はカンコーチョーって鳴くのか・・・」
「・・・いや、はずかしい。でも、ひとつ勉強になりました。」
「うん。若いっていいね。じゃあ、これから参ると致そう。」
「はい。お待ちしております。」
――と言う訳で、当番の(◎△◎)さんと、
閑古鳥の鳴き声のハナシになりました。
閑古鳥はどう啼くか・・・。
「ぴー、ぴー、ぴー・・・」 違うかな。
「カラ、カラ、カラ・・・」 やはり違うかな。
「まあ、そんなところでしょうね。」
「・・・ほんと、誰も来ないときは、なんか帰りの足取りもね。」
(◎△◎)さんの独り言には実感がこもっています。
「そうなのか、分る様な気もします・・・。」
SCAPA・BOWMORE・・・と酔いが廻って、
「ヨタ話はこれくらいで、帰ってブログでも書くか・・・。」
「えー、カンコーチョーのこと書くんですか、はずかしい。」
「うん、若いうちじゃん。」
――当番の皆さん、毎晩本当に、どうもありがとうございます。

■ちなみに「閑古鳥」とは郭公のことで、啼き声は「カッコー」でアタリマエ。
シマフクロウとは関係ありません。写真もハナシも単なるイメージです。
2008年10月09日
■タウシュベツ川橋梁にて

ここは旧国鉄士幌線のアーチ橋跡だ。
ダム建設に伴い、半世紀前にルート変更され廃用となったが、
その後士幌線も、全線廃止となり20年が過ぎた・・・。
近代の発展と共に、山を越え、谷を越えて、拡がった北海道の鉄道網は、
民営化と共に、無残ともいえる姿で、切り捨てられて廃線となった。
クルマ社会は、さらに追い撃ちをかけるように、
地方から、公共交通を奪い去った。
「赤字・非効率」という、聞いた風なコトバが大手を振って、
地方は切り捨てられてゆく・・・。
そうして、いまでは人影も疎となってしまった、過疎の町で、
やたらと立派な「公共施設」ばかりが目に付いている。
なんなんだこの国は・・・。
2008年10月08日
■秋の物語 能「野宮」(ののみや)

――日に日に、秋も深まりをみせております。
会員の皆様、如何お過ごしですか。
CLUBは今夜も、閑古鳥。
カウンターで、モルトを愉しみながら、うつらうつらしているうちに、
なんだかまた、ノーテンキなハナシに、
なってしまいそうです・・・。
季節は「芸術の秋」。
秋の夜長ということで、
調子にのって、今夜は酔狂にも、
源氏物語の女・六条御息所をご紹介いたします。
物語は、晩秋の嵯峨野へ飛びます。

――花に馴れ来し野の宮の、秋より後は如何ならん。
源氏物語「夕顔」「葵」「賢木」を題材とした、
金春禅竹の能「野宮」(ののみや)は、
光源氏を愛した六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の心のありさまを、
ひたすら内面的に描いた名作です。
十六歳で東宮妃(皇太子妃)となり、なんと二十歳ですでに未亡人となった御息所は、
光源氏の誘惑に負け恋に落ちます。
そのとき、源氏十七歳、御息所なんと二十四歳。
しかし御息所の幸せはまたしても短く、
心変わりする源氏を取り巻く夕顔や葵上に、嫉妬を感じ始めたとき、
源氏との愛が成就するものではないと察し、
娘の伊勢斎宮とともに、自らも伊勢へ下る決意をするのです。
この斎宮のために穢れを避け、
身を清めるためにこもる斎宮の宮が「野宮」です。
=斎宮(さいくう)とは天皇が即位する毎に、
社会とは隔絶されて伊勢神宮に遣わされせる未婚の内親王のこと。
――舞台は物寂しい晩秋の嵯峨野。
旅の僧の前に現れた里女は、野宮の由来を語り、
光源氏と六条御息所の「野宮の別れ」(源氏物語『賢木巻』)の日が今日にあたること、
自分がその御息所自身であることを告げて、
黒木の鳥居に姿を消します。
――後に、僧の回向で、姿をあらわした御息所の霊は、
正妻葵上との車争いの無念や、源氏との逢瀬のせつなさを舞い、
やがてまた、火宅の門へ消え失せるのでした――。
自ら断ち切る源氏への哀しい思慕と、
たち消えぬ情念の妄執。
深く愛する故に深く迷う御息所の淋しさが、
晩秋の寂寥の中で静かに溶け合ってゆきます。
「源氏物語」は1000年前の話。
そして450年のちに物語は能「野宮」へと昇華します。
そしてさらに550年後の今日、
能の舞台をとおして、
光源氏を愛した、ひとりの女性・六条御息所の、
心の移ろいに想いよせて、
深い感銘を覚えるのです。
六条御息所というひとりの女性をめぐって、
このように深化する物語の奥ゆきと、
この国の文化の伝統を、巡る季節の中でふと想い起こしました。
――野の宮の、月も昔や、思ふらん。
影さびしくも森の下露。
――身の置き所も あはれ昔の、庭のたたずまひ、
よそにぞ変わる、気色も仮なる、小柴垣、
露うち払い、訪はれし われも、その人も、
唯夢の世と ふり行く跡なるに、
唯松虫の音は、りんりんとして 風茫茫たる 野の宮の夜すがら、
なつかしや。


《参考文献》 「天の花 淵の声」能界遊歩=小川国夫著 角川書店刊
「源氏物語と能」=馬場あき子著 婦人画報社刊
「謡曲全集」=野上豊一郎編 中央公論社刊
2008年10月07日
■ここがへんだよ「最後の晩餐」

■「楽しいこといろいろ」《か》さん。コメントありがとうございます。
さっそく「芸術新潮」を買いにゆこうとしましたが、
今月は須賀敦子さんの坂道のはなし。・・・いいなトリエステの坂道。
なんだヴィーナスは4月号か・・・残念。
そこで「楽しいこといろいろ」のブログをチェックさせて頂きましたら、
ティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」が表紙の芸術新潮4月号が、
3/31の記事に出てきました。
・・・これですか。
いつか、図書館でもいって拾い読みしてみます。
ありがとうございました。
(◎▲◎)
・・・と言う訳で、
きょうもCLUBは閑古鳥。
カウンターで、モルトを愉しみながら、ヨタ話をしているうちに、
酔いも手伝って、なんだかまた、ノーテンキなハナシに、
なってしまいそうです。
・・・季節は「芸術の秋」。
秋の夜長ということで、調子に乗って、
テーマは、「ここがヘンだよ。最後の晩餐」
はなしは、以前訪ねた世界遺産「最後の晩餐」へ飛びます。
・・・タクシーを拾って「サンタマリアあれ何だっけ・・・ダヴィンチ」というと、
「デッレ・グラーツィエ」と運転手が教えてくれた。
「そう、グラーツィエ、グラッツェ」といって、サンタマリア・デッレ・グラーツィエ教会へ着いた。
見学者は教会の回廊を抜け、
空気フィルターを通過し「最後の晩餐」と対面する。
20年に及ぶ洗浄修復作業を終え、
500年の時を経て姿をあらわした『最後の晩餐』(421×903)は、
壁画の一般的な画法、「フレスコ画法」ではなく、
「テンペラ画法」で描かれている事が判った。
制作中でも、試行錯誤を繰り返したレオナルドには、
壁面に漆喰を塗り、それが乾かないうちに手際よく描かなければならない
「フレスコ画」は向かなかったという。
描き直しの可能な「テンペラ画」こそ、レオナルド絵画理解の鍵でもある。
しかし、この方法は、画の表面が呼吸しないために湿気に弱く、
完成まもなく劣化が始まる。
そして幾度も修復という上書きが施されてきたのだ。
教会の食堂のガランとした空間に描かれた壁画を見上げると、
複雑に入り組んだ「手」の描写に困惑する。
一人ひとりの手振りが意味ありげである。
イエスの左に放置されたような腕は誰の腕だ。
さらにヨハネの肩に掛る腕は誰のものだ。
見るほどにデッサンが狂っているようで不自然なのだ。
さらにイエスと空間を挟んで並ぶジョバンニ(ヨハネ)。
と、説明されているのは明らかに女性である。
マグダラのマリア・・・。
だとしたらヨハネは何処にいるのだ。
そう思う一方で、「手話」のようなボディランゲージを必要とした
イタリア文化の歴史を想像し・・・、
軽い気持で観に行ったはずなのに、
500年の時を経て甦った問題作「最後の晩餐」は、
なんとも落着かない気持にさせられるのである。
そしてさっそく売店でポスター・解説書の類を購入した。
下はそのポスターの部分である。

「はっきり言っておく。あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている。」
弟子たちはだれについて言っておられるのか察しかねて、顔を見合わせた。
イエスのすぐ隣りには、弟子たちの一人で、
イエスの愛しておられた者が食事の席に着いていた。
・・・(新共同訳・ヨハネによる福音書13裏切りの予告)下線引用者。
ヨハネによる福音書にもちゃんと書いてある。
次に、手の動きの意図するものの参考に、ダヴィンチの手記はどうなっているか、
――「詩」は畢竟するに盲者に働きかける学。
「絵画」は聾に働きかける学だと言ってよかろう。――
「手と腕とはどんな働きにあたっても、
それを動かす人の意図を出来るかぎり明瞭にすべきである。
けだし自分の気持を興奮させた人は、
あらゆる運動ごとに手振りによって気持を出してしまうからである。」
・・・(「レオナルド・ダ・ヴィンチの手記上」岩波文庫195P・239P=杉浦明平訳)
なるほど。
そして「イエスの血脈と聖杯伝説」を種本に、
シオン修道会の秘密が公表されたと話題だった、
「ダ・ヴィンチ・コード」である。
この「事実に基づいた」ミステリーを読まなくてはならない。
しかし物語は佳境に入ったところで、
幾度も「フレスコ画最後の晩餐」と繰り返されて、
「事実」に基づいてないじゃん、ダン・ブラウンさん。
とまた落着かなくなるのである。
・・・そんな事を考え出すと、
壁画の劣化は、単に湿気の為だけではなさそうである。
20年後には《湿気の為か、他の不都合の為か》既に破損し始め、
37年後には《拡がったしみのほか何も見えない》。
いや、むしろ「最後の晩餐」は消されたのであろう・・・。
(◎▲◎)
――イタリアの夏は暑い。
石で造られた建築物に湿気が篭ると、サウナ状態となる。
夏の旧市街は、昔は伝染病の巣となった。
故に貴族たちは、街から離れる。
それが「避暑」である。
バイヤーも何処か涼しい所で頭を冷やそうと、グラーツィエ教会を離れた。
街角の喧騒と照り返しを避けて、
ひっそりと静まり返ったアンブロジアーナ図書館へ行った。
併設された絵画館は、どの部屋にも制服の警備のおじいさんしかいない。
足音がいちいち高い天井に反響する。
大きな展示室に慎重に足を運ぶと、
数十点の作品の中で、ひときわ異質な絵が目に飛び込んできた。
そして思わず吸い込まれるように、その絵の前に立っていた。
「レオナルド・ダ・ヴィンチ《ある音楽家の肖像》」。
そうかこれもレオナルドか。
やはり何かがヘンなのである。
もっとも後に、この作品は
レオナルド工房の作品であるらしいという事を、解説書で知ったのだが、
多くの作品の中にあって、それと知らずに足を向けさせる何かが、
レオナルドの作品には共通してある。
それは目鼻立ちのデッサンの線が、微妙にずれている所為なのか・・・、
赤い帽子が遠目にも不自然なのであった。

2008年10月07日
■ここがへんだよ「ミロのヴィーナス」

きょうは月曜日。
CLUBは閑古鳥。
カウンターで、ハイランドパークを楽しみながら、
担当のAYAさんと、ハナシをしているうちに、
酔いも手伝って、なんだかノーテンキなハナシに、
なってしまったのです。
季節は「芸術の秋」。
テーマは、「ここがヘンだよ。ミロのヴィーナス」
はなしは、ずっと以前に訪ねたルーヴル美術館へ飛びます。
・・・ルーヴルは今日も世界中からの観光客で賑っていることでしょう。
そして、多くの人が「モナリザ」の微笑みをガラス越しに見て
「なるほど、モナリザや」と納得することでしょう・・・。
バイヤーも、あれもこれもと欲張って見ようとするものですから、
広い館内で迷ってしまいました。
それでいったん観光ルートの出発点に戻り、人の流れについて行きますと、
「ミロのヴィーナス」に辿り着きました。
それで、人の輪の間から、ヴィーナスを見上げて、記念の写真を撮りました。



家に帰り、「これが、ミロのヴィーナスや」と女房に自慢話をすると、
女房は写真を見ながら「ミロのヴィーナスって何だかヘン」と言うのです。
「どこがあ、これこそ正真正銘のミロのヴィーナスやで」
「・・・だって、胸と腰とお尻の辺りが」
「えっ、どうかしたか」
「初めて見たときから、それぞれ別人のように見えるの・・・」
「ベツジン?」
「それに顔だって・・・、」
「・・・胸の形からしたら妙に老けて見えるし、」
「若々しい胸に比べて・・・、」
「ずんどうの腰とガッシリしたお尻は・・・、どう理解したらいいの」
「知るかい、そんな事。それって、どこかの教科書に書いてあったのか」
「べつに・・・、ただそう思っただけのことよ」


「なんだかヘン」という女房のひと言で、
「ミロのヴィーナス」に対する「謎」がにわかに深まりました・・・。
もし、時間がありましたら、あなたもヴィーナスをじっくり鑑賞して、
あなたの見解を聞かせてください。
あなたの見解が「ヴィーナス誕生の謎」を解明するかもしれないのです。
・・・・・

2008年10月01日
■SCALAの夜

はやくも10月ですね。
モルトウイスキーが日に日に旨くなるこの頃、
一杯引掛けて、宵はOPERA鑑賞と洒落たいところです。
でも、この秋のバイヤーは、それは叶わぬ夢です。
・・・せめてネットで検索して
ホームシアター鑑賞でもしますか。
この秋のミラノスカラ座は・・・・

TEATRO ALLA SCALA
Wolfgang Amadeus Mozart
■ Le nozze di Figaro
10/11~
Franz Lehár
■ Die lustige Witwe
10/29~
「フィガロ」に「メリーウイドウ」ですか・・・。
なんだか、メランコリーになっちゃう。
そう云えば、今週からJRAも、秋のG1が始まります。
今週は「スプリンターズステークス」
よし、気持ちを新たにチャレンジしましょう。

■ついでに、12月の、CLUBのクリスマスパーティの日程が
決まったようですので、お伝えしましょう。
「RYU’S CLUB クリスマスパーティ」
12/8(月)★北海道ホテルにて。





