2008年04月20日
■「私の食物誌」より

モルトウイスキーも、
ひと通りの経験を加えると、
ついつい固定のイメージが出来てしまう。
するとバイイングも、「何だか新鮮味がないなあ」と、
マンネリと背中合わせとなる。
しかし、そんな思いに駆られるときは、
かならず世間に出回っている魅力的な、
ボトルを発見する「時」でもあるのだ。
そこに、「酒」の世界の、不思議な奥行きがある。
伝統に偏りすぎず、トレンドに偏りすぎず、
それをうまくコントロール出来れば好いのだが・・・。
世間には旨い酒が、かならず在る。
素人でも、それだけは経験の蓄積で断言出来る。
たまたま、お目にかかっていないだけのことだ。
だから、CLUBの仕入れ担当としては、
素人なりにも、バイヤーとして現役を張るには、
自らのチェックを怠ってはならないのだ。
少なくとも、月に一・二度は、他のゲストのいない時間に、
CLUBでモルトと真剣に向き合う時が必要となるのだ。
そして、しばらくブランクのあるボトルの、特性などを再かくにんするのだ。
たまには、本棚の奥に埋もれている、若い頃読んだ、
茶色くなった文庫本などを、拾い読みしてみる。
そして、書かれていることの意味を、再認識したりしている。
■『私の食物誌』吉田健一著より
酒の味その他
例えば最良の年などということを言うのはひどく不景気なことのように思われる。
もし或る人間にとって或る年が最良ならばそれまでの年もその後もその年に及
ばないことになって、殊にこれから一生の間もうその年程の思いをすることはな
いのだというのでは生きていることの意味も先ずないのに近くなる。
それと同じことが酒に就ても言えるので、その上に酒ではそのことがもっとはっ
きりしている。これから先のことは知らず、もし今までのうちで或る時飲んだ酒が
一番旨かったならば、それはその時だけ酒を飲むべき形で飲んだのであって、
酒はもしそれが酒の名に価するものならばいつでも飲み方に気を付けるだけで
何ともかともという味がするように出来ている。
その何ともかともを言い換えれば何とも旨いということで、それは一番旨いという
ことであり、酒はいつでも今が一番旨いと思って飲むのでなければ嘘である。
又無理にそう思わなくてもそういう風に旨いのでなければならない。
大体、一番いいだの旨いだのというのがかなりみすぼらしいものの考え方を示
している。誰が自分の最良の年を目指して生きて行くだろうか。
(以下略) 【中公文庫1975刊189頁より引用】
Posted by バイヤー君 at 19:49│Comments(0)
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