ウスケバ・ロゴ ウスケバ・ロゴ ウイスキー造りに欠かすことの出来ない「水」そして「樹」。自然の力が生み出す「生命の水」。

2008年04月22日

■命の水の苦難



ながい時間の荒波を潜り抜けるように、オークニー島には多くの伝説が生きている。
出来事を忘れ去らずに残してゆく、「文化」の蓄積がある。
それは、語るべき「場所」と、語るべき「人」と、
そして潤滑油のような、旨い「酒」があるからなのであろうか。
こんなに小さな島なのに、
「ハイランドパーク」「スキャパ」という、
個性豊かな、二つのウイスキーが存在する。・・・(4/10)

――今夜は、そのオークニー島で生きた、ひとりの詩人の掌編から・・・。

命の水の苦難  

   最近クオレイのウイスキーについていろいろ言われているが、
  本当のところ、その島には何種類かの違ったウイスキーがあった。
   
   シーターのトムのウイスキーは、のどを通る時ブローランプの炎のようだった。
  そのわけはシーターにはウイスキー作りの伝統が無かったからだ。
  トムはあちこちから技術的な知識の断片をあさったにすぎなかった。・・・(中略)
    
   だれもポール・ペイキーのウイスキーを飲む機会がなかった。
  彼と(暗くてもてない)彼の三人の息子たちが自分たちで全部飲んでしまったからだ。
  ペイキーの連中が酔っ払うと、前よりもいっそう陰気くさくなるので、
  良質のウイスキーとは言えなかったろう。・・・(中略)
  
   クオイレイでもっとも有名なウイスキーは、
  恐らくビーナ・ビユーズという鶏の世話をする女が作ったものであろう。
  数世代にわたって歌い継がれたバラッドのように、
  昔ながらの決まった、伝統的な製法に従って作られた。それは・・・(中略)
     
   ヴオーズのティンカーたちもウイスキーを作った。
  それについては話さないほうがいいだろう。何の容器も使わずに、・・・(中略)
    
   ノア・フォルスターは教養ある人々の問でたしなまれるウイスキーを作った。
  地主はキーリーラングのピートの香りがするといった。
  教師のシユワード先生はクオイレイの穀粒の持つローム質の独特な味わいを探し当て、
  一口含むごとに収穫の黄色い波のように舌に打ち寄せる・・・(中略)
   
   ある朝、スウェイン・ジョンストンは納屋に入り、蒸留途中のアルコールを小川に流し、
  大きなハンマーを取り出して、銅製の蒸留器を順次たたいて光沢の塊にした。
    ・・・(中略)
  間接税担当官が山の方にやってくるのを目にしたからであった。
  それは間接税担当官ではなく、新任の牧師であることが分かった。
  スウェインは家に入り、新任の牧師とお茶を飲み、
  政治と天候について一時間丁重に話をした。
  その日以降、彼は決してウイスキーを作らなかった。
  小川のアヒルは一過間酔っていたそうである。
      
   耳の聞こえないチェックのウイスキーは好ましい味をしていたが、
  いつもあまり寝かせないうちに飲まれてしまうのだった。
  「極めて古いオークニーウイスキー」
  とチェックは土曜の夜にやって来る農夫たちに言っていたが、
  実際は六、七週間しか寝かせていなかった。
  それは冬の日差しの色をしていた。・・・(中略)

    *        *        *

   今日では、十字路のところに、
  ダルキース出身のマクファーリンとかいう人の酒類販売認可の食料雑貨店がある。
  その店で、島の人々は封印したボトルのウイスキーを、
  一本二ポンド一シリング六ペンスで買っている。
  
      【『愛のカレンダー』ジョージ・マッカイ・ブラウン短編集より。山田修訳
                           =あるば書房刊(2003)より引用】

ジョージ・マッカイ・ブラウンの掌編は、
いっけんして、ありふれた暮らしのエピソードのように見える。
しかし、じっくりと読むと、じつに味わい深い雰囲気が、背景に秘められている事に気付く・・・。

第一短編集「愛のカレンダー」の中から、
ほんの50行たらずの、掌編であるが、あえて中抜きして【引用】した。
何が言いたいのか。
是非ジョージ・マッカイ・ブラウンの「本」を読んでいただきたいという思いが一つと、
このように、昔はウイスキーも、漬物をつけるように、あちらこちらで造られていたという話が一つ。
そこに税金が絡んで、量的把握が必要となり、たまたま隠匿されて樽熟成を加える・・・。
そして長い「密造酒」の時代を経て、ウイスキーは熟成されて進化した・・・。
とは一般の本に書かれていることだ。
確かにそうかもしれないけれど・・・、ちょっと待てよ。という気持ちがある。
「密造酒」なんて呼ぶのは、「税金」を取り立てる側の呼称であるはずで、
「税金」でがんじがらめになっている、われわれが使う言葉ではないのではないか。
・・・なんて思いながら、グラスをかたむけ、
長い歴史の空白を、あれこれ想像したりしている。  
                                              (つづく)


この記事へのコメント
今夜は静かにモルトを頂きます。SARRY様御夫人の御冥福をお祈りして
Posted by 末席のメンバー at 2008年04月24日 18:08