2008年04月27日
■ムニチパーレと言えば
■ヴェネツィア「フェニーチェ劇場」にて
――ムニチパーレと言えば、パヴァロッティがデヴューしたオペラ座ですね。
そんなところに行けるなんて、本当に素晴らしい。
私も、フェニーチェ座などとともに、一度は行って見たいオペラ座だと思っています・・・。
Takeshi Mogiさま。
コメントありがとうございます。
ブログをごらん頂きまして、恐縮しております。
確かにパヴァロッティは、1961年レッジョ・エミリアのテアトル・ムニチパーレにて、
「ボエーム」のロドルフォ役でオペラデヴューした、とあります。
しかし、今回の「旅の途中」は、レッジョ・エミリアの隣の隣町、
ピアチェンツァの、テアトロ・ムニチパーレの話でした。
同じ「市民劇場」=「Teatro Municipale」なのです。
――ミラノからの列車がポー川を渡ると、
リゾットになる水田地帯が続き、
やがてエミリオ・ロマーナの平原が拡がります。
「PIACENZA」=「PARMA」=「RÉGIO NELL´EMÍLIA」=「MÓDENA」=「BOLOGNA」
とローマ街道に沿って、いにしえからの美しい町が点在します。
それぞれの町は、掛替えのない文化と歴史の奥行きをもって、しかも静かに佇んでおります。
そしてどの町にも自慢の食材と、すばらしいコムナーレやムニチパーレ=市民劇場があるのです。
美味しいものを食べて、飲んで育てば、美しい声にもなるというものでしょうか・・・。
――パヴァロッティも程なく、ピアチェンツァのテアトロ・ムニチパーレでデヴューしました。
なにしろ隣の隣ですから。・・・その時のエピソードについて、
土地の人は、つい先日の事のように、熱く語ります。
しかし、そのエピソードについては、ここではふれません・・・。
ポルポラ(れんが)色の中世の町。
レッジョ・エミリアも、ほんとうに美しい町です。
訪ねたのは初夏の頃で、オペラのシーズンではなかったのです。
しかし、広場の噴水と公園に挟まれた、堂々たるファサードの、
歌劇場の内部の美しさは、
土地柄からも、容易に想像できることです。
また、ついでに言えば、
1996年1月29日放火で焼失した「フェニーチェ劇場」は、
2003年暮れに復元されて、NEWSで話題でした。
幾度も焼失し復活するこの劇場は、その名の通りまさに「フェニーチェ(不死鳥)」です。
フェニーチェ劇場復元のBOOK。
「LA FENICE=THE ARTISTIC RECONSTRUCTION=」を見ると、
「また火事になっても復元できる」・・・なんて思うほど、職人達の技術の詳細が記録されている。
そしてその総工費は9000万ユーロ(当時100億、いま約140億円)と伝えられました。
――日本では、どこの地方都市にもある、「箱物」2つか3つのお値段なのですね。
■紛らわしいので、あえて補足する必要を感じました。
何卒、ご容赦のほど。
Posted by バイヤー君 at 23:30│Comments(0)
│■JOURNY







