ウスケバ・ロゴ ウスケバ・ロゴ ウイスキー造りに欠かすことの出来ない「水」そして「樹」。自然の力が生み出す「生命の水」。

2008年11月14日

■08年モルトラストオーダー



CLUBの2008年を締めくくるボトルを紹介いたします。

MOSSTOWIE 1975 モストウイ32年
=DUNCAN TAYLOR Rarest of the Rare

スペイサイドのミルトンダフ蒸留所は、
1964年に2基のローモンドスチルを導入し、
その原酒を「モストウイ」という名で販売した。
しかし1981年には、このローモンドスチルは撤去され生産は打ち切られた。
その1964から1981の17年間のうちの貴重な1975年。
・・・甘く酸っぱい、青春の日々を思い浮かべるように、
過ぎてゆく時を実感させるワンショットです。



■さて、ボウモア1982/25年の印象。
なんともフルーティで涼やかな芳しさ。
しかし度数とのバランスで、やがて尖った印象が蓄積される・・・。
上質であることに異論はないが、このボトルは、むしろ「夏」向きかもね・・・。


  

Posted by バイヤー君 at 10:40Comments(0)■MALT WHISKY

2008年11月13日

■歳末助け合い「モルト」のお知らせ。



【CLUBよりスペシャルなお知らせ】

☆☆☆☆☆☆

恒例のクリスマスパーティーも近くなりましたが、
皆様お元気ですか。

さて、棚いっぱいで置き場所も無くなったRYU‘Sのモルトも、
年末を迎えて、在庫一掃で入れ替えなくてはなりません。

そこで、残り僅かとなりました、
下記のボトルを、今晩より、
マークダウンの【半分チップ】にて処分いたします。

CLUB棚の活性化の為に、
会員の皆様におかれましては、
ふだん、あまりの見慣れてないボトルも多々ありますので、
この機会を利用しまして、
この「歳末助け合い」ボトル消化運動に、
是非ともご協力頂ければ幸いです。

☆☆☆☆☆☆☆

【残り僅かとなっている名残のボトルたち】

★グレングラント 30年 
★グレングラント 10年
★ロングモーン 1994 
★ローズバンク 12年
★ローズバンク1990 16年
★コルバーン 1972 (エルギン)
★ポートエレン 18年 
★クーリー=アイリッシュ 8年 
★エドラダワー 10年 
★余市原酒フルーティ・リッチ 10年 
★山崎秘蔵モルト 
★モートラック=キングスバリー 16年
★カリラ 8年 
★ベンリアック 20年 
★ストラスクラウド 31年(グレンW)
★ブラドノック 16年
★トバモリーレダイク 
★ダルウィニー 1990 
★タリバーディン 10年 


☆☆☆ ヨロシク・・・
  

Posted by バイヤー君 at 22:41Comments(0)■CLUB NEWS

2008年11月10日

■ホロカヤントー竪穴群 




――きょうは、バイヤーがニワカ考古学にハマった話。

館内に流れる「演歌」を聞きながら、
窓の向うは太平洋が拡がる、ここは大樹「晩成温泉」。
泉温が低く、ボイラーで沸かしているのは、
残念だけど、海岸だものしょうがないよね。
それでも海と陸地の境目で汲み上げるヨードたっぷりの温泉は、
泉質もやわらかく独特で、とても人気がある。
そう、シングルモルトで云えば、アイラ系温泉なのです。



湯上がりに、海からの風に吹かれていると、
北キツネ君が林からわたしを観察している事に気付きました。
それでキタキツネ君のあとについてゆくと、
原生林の散歩道に迷い込みました。




おーい、待てよキタキツネ君。
あれ、林の中に消えちゃった。
何だか騙されたみたい。

と言う事で、原生林の向うへ出ると、
海を眺める丘一面が、
タコヤキの鉄板のように、
丸い穴ぼこだらけなのです。
そこは、「ホロカヤントー竪穴住居群」という遺跡だったのです。

眺めがいいから、昔の人も、夏になると、
漁をしながら、ここで暮していた訳です。
それって、何時ごろの事かしら。と帰って調べてみると、
今から約1000年位前の「擦文文化期」の堅穴群。
それにしても、1000年も前の住居跡が、
こうして足下で、野ざらしになっているのは、
さすがに北海道だと感心してしまう訳です。

1000年位前といえば、・・・先日ブログに記した、
あの明恵上人が「不許飲酒」と仰っていた頃なのです

そんなの教科書には出てこなかった。
そうか北海道は、その頃はオホーツク文化圏だったのだ。
本州と違って、長江文明からの流れの「弥生時代」が無いのですね・・・。

謎のオホーツク文化の人々が、北方の何処かへ帰ってしまうと・・・、
アイヌ文化の時代となるのです。

■そんな訳で、ニワカに足元の歴史に興味を持ったバイヤーは、
さっそく、定休日を利用して、
近所の「埋蔵文化研究所」なるところへ足を運びました。



■15万年以上遡れる人類の歴史は、
アフリカの一人の女性から出発して、
およそ8万5000年前に、アフリカを出て世界へ拡がった。
ニッポン列島にその痕跡を遡れるのは、
いまのところおおむね3万年から3万5000年前だといいます。

そして1万2000年前頃までは地球は氷河期で寒かった。
氷河期が終息して、温暖化が進むと、地球も俄に活気付き、
農耕=定住も始まったのであろう。
ニッポン列島では、縄文そして弥生と文化が拡がる。

いま、われわれが暮している、ご近所の足元で発掘された、
「大正3遺跡」を例にとれば、それは1万4000年前の、
石器時代の石刃鏃(せきじんぞく)文化の黒耀石のヤジリが大量に発掘されている。



そして、おどろくことに、
1万年・2万年前とはいったい何処にあるのかというと、
地表30センチ掘ると、粘土層が20センチばかりあり、
その下のザラついた表面の土壌が1万年前の地層だと言うのだ。
つまり、それは場所にもよるが、大正遺跡の場合、
地表50センチ程掘れば、そこはもう1万年前という事に、
エラク驚いたわけでした。

そうだよね。
人間は、宇宙の果てまで、わかったような気がしているけれど、
自分の立っている、足元の地面の中は、
一体どうなっている事なのか、ほとんど判っていないのも、
なんだか不思議と言えば、不思議なのであります。

――それにしても、パズルの一片のような出土したカケラ全部に、
こうして番号をつけて、組み立てる作業は、まことに気の遠くなるような、
永遠に終わりなき作業のような気がして、
なんだか複雑な気持ちで、研究所を後にしたわけです。



  

Posted by バイヤー君 at 23:17Comments(0)■TOKACHI

2008年11月09日

■「ウスケバ」ブログBAR巡礼




いつも、「ウスケバ」ブログでお世話になっております。
「バイヤー君」を名乗るものです。

風の吹くまま、気まぐれに、旅をしながら、勝手なブログを記しておりますが、
そんなヨタ話でも、CLUBの皆様には「寛容」のココロで、
眺めてくれてありがとうございます。

また、「ウスケバ」ブログの皆様も、
しばしば、アクセスが少ない当ブログを訪ねてくださり、ありがとうございます。
コメント等もお寄せいただいておりますが、
「コメント」には、「ノーコメント」の身勝手をお許しください。

ブログをちらちら眺めるにつけ、
「ウスケバ」に登場する、がんばっている「BAR」へ、
勝手に親近感を抱いて、
いつかお邪魔してみたいなあ。
という思いも募るものであります。

「ウスケバ」ブログは、特に関西地区が中心で、
活性化しているようですが、
そんな「ウスケバ中心地」の、
関西等へ仕事等で出かけた折は、ちらっとウスケバBARへ寄り道して、
都会の空気を味わう事も、いいんでないかい・・・。
「いいんでないかい」とは北海道弁です。

(◎▲◎)
こんな顔をした、見慣れない中高年が闖入した折は、
仕事のお邪魔にならない様に、一杯飲んでサッと引き上げますので、ヨロシク。

それで、話のテーマは「ウスケバ」ブログBAR巡礼・・・。
                           
                              (つづく)



                 ☆最果てロマン「シロクマ君」の写真より。
  
   ■そんな訳で、バイヤー出張不在の折は、
   ブログも途切れ途切れとなりますが、
   そこで、援軍が現れました。
   
   CLUBの皆様にはおなじみの、
   サッポロ在住の「シロクマ君」です。
    
   ブログ設定がいまひとつわかりませんので、このまま
   「☆シロクマ君」も登場します。
   よろしく・・・・。

  

Posted by バイヤー君 at 10:36Comments(1)■JOURNY

2008年11月08日

■クラブ恒例クリスマス会



皆様こんばんは。
いよいよ、年末ムードが漂う季節となりました。

寒さの身に凍みる冬ですが、
こんな時こそ、たのしくカラ元気で、
こころあたたかく、盛り上げてゆきましょう。

理事長主催の
ボジョレーの会も開催されるようですが、
あいにく、
この日は、例年バイヤーは出張中なのです。
あとで、ヌーボーをいただきます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

『RYU‘S CLUB クリスマスパーティ』のお知らせ。 
★恒例のクリスマスパーティは、
★12/8(月) 会場 北海道ホテルです。 


皆様ドレスアップして、
アイデア込めたプレゼントを持参の上、全員集合しましょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

  

Posted by バイヤー君 at 18:21Comments(0)■CLUB NEWS

2008年11月07日

■ヴェネツィアへの旅の誘い




車窓いっぱいに潟(ラグーナ)が拡がり
列車はゆるやかにサンタ・ルチア駅へ到着します。
はやる気持を抑えるように
人々は足早に改札へと急ぎます。
ヴェネツィアは、いつ訪れても「夢の都」――   

サンタ・ルチア駅を一歩出ると、目の前は大運河(カナラッツォ)。
ヴェネツィアの目抜き通りです。
船着場には次々と、水上バス(ヴァポレット)が到着します。
人々のざわめきの上を、教会の鐘が時を告げます。
その澄んだ音色を耳にした瞬間、
旅人はここが現代の車社会とは異質な「夢の都」であることを実感します。

舟か歩行かの移動手段しかないヴェネツィアの暮らしは、
実際に住む人々にとって、大変な不便でしょう。
しかし800年も続くヴェネツァの佇まいは、
今日の車社会が、
たかだか100年にも満たない出来事なのだとでもいうように、
旅人を魅了し続けます。

・・・ヴァポレットは博物館のような建築物(パラッツォ)の立ち並ぶ河岸の風景に沿って、
40分程で、サン・マルコへ到着します。
世界中の人々を魅了する街ヴェネツィア。
サン・マルコ広場を中心に迷宮のように交差する路地。
カフェから流れる音楽――。
人々のざわめきが引いて、夜の帳が降りるころ、
空には星が瞬いて、ヴェネツィアはもうひとつの、美しい顔を見せるのです。

石畳に響くの足音にあわせて、パバロッティの歌声が浮かぶようです。


  ♪M’apparì tutt’ amor, il mio sguardo l’incontro,
  ♪bella si che il mio cor, ansioso a lei volo mi feri,・・・

   私が恋のとりこになった、
   あの人に初めて会った時から、
   あまりの美しさに、私の心は一目で燃え上がった。 (石井宏訳)

    
   ――『夢のように』フロトーの歌劇「マルタ」より  Act3=Lionel 






  ■1648年サン・マルコ広場の一角にヨーロッパで初の喫茶店が生まれた。
   古来欧州に入る砂糖貿易の中心であったヴェネツィアで、
   イスラムの苦い「コーヒー」と「砂糖」が合体した。
   以来コーヒーとケーキは分かち難い運命を荷ったのである。
     ――臼井隆一郎著「コーヒーが廻り世界史が廻る」より。



写真のカフェ「フロリアン」は1720年の創業。
この広場からヨーロッパ中に「カフェ」の文化は拡まっていったのですね。

11月も中旬を過ぎ、ホテル料金が通常の半額程となる頃、
OFFシーズンのVENEZIAを、また訪ねてみたいものです。









  

Posted by バイヤー君 at 15:42Comments(2)■JOURNY

2008年11月06日

■今度のボウモアは如何でしょう



【RYU'S CLUB 冬の新着一部ご案内です】

■今回新着の「ボウモア」はダンカンテーラー1982の25年54.2%。

■久しぶりで、マッカラングランレゼルバの品評会でもしようか・・・

■ROSE BANKはゴードン&マクファイルの1991ノンチル57.9でガツン。

■Long row CV ■Aberfeldy もよろしく。


それでは皆様 RYU’Sでお会いしましょう・・・。












  

Posted by バイヤー君 at 20:43Comments(0)■MALT WHISKY

2008年11月06日

■HIGHLANDPARK18でリセッションを乗切る



CLUBの皆様如何お過ごしですか。
しばらく足が遠のいておりますが、バイヤーとしての仕事はちゃんとしていますよ。

何とも地味な今シーズン「秋」のCLUBでしたが、
そんな中でも、人気度№1で、消費が突出してしていたのが、
『ハイランドパーク18年』でした。

先の見えない世間情勢の不安な折、
ぶれることなく、バランスを保ち、なんとも癒され、またコストパフォーマンスの点でも安心・・・。
そんな訳で、群を抜いた支持を集めていることは、納得のゆくボトルなのです。

「ハイランドパークが切れそうです」
担当当番の方から、うれしいメールをいただき、さっそく、「冬」のオーダーをかけました。

■ついでに申し上げますが、
 先日都心のある著名なデバ地下のモルトショップを覗きますと、
 「ハイランドパーク18年」★1万××××YENで販売されていました。
 格差なんかを通り越しちゃっている感じで、
 ――いい値段つけていますね。
 ――まあ、ガンガン儲けてください。
 なんて事云いながら、ヒヤカシていた訳です。
 いくらで売ろうが勝手でしょうが、
 見る人が見たら、カンバン泣きますね・・・。
 きっと、解っていない方が、仕切っているのでしょう・・・。

■ついでに申し上げますが、
 まだ、アンちゃんの頃、
 高級なお酒に憧れて、
 いろいろ背伸びをした事があります。

 その末に実感した事は、
 「モノには適正な値段がある」ということでした。
 酒の場合、その事が特に実感できたのです。
 
 その実感を、切り札と、今でも、こころに決めている。
 だから、「酒の世界」は、プロの世界だと思って、
 以来、お酒屋さんや、BARのマスターには、
 ひたすら敬意を表するものです。

 ・・・ところがギッチョん。
 なんだか、情報化の浸透で、
 聞いた風なことを言う奴が増えてきて、
 シロウトが大手をふるう、
 本末転倒した状況も氾濫し始め、
 酒の値段も、なんだか如何わしいモノが増えてきた。
 
 プロフェッショナルなら、こんな時、どこかで、
 多くを語らないでおこうと、こころに決めたハズである。
 そして黙って、今夜も、グラスの中の酒と会話をしているはずだ。
 それがプロというものだ。
 それは、見れば瞬時に解るものだ。

・・・ああ、
なんとアタリマエな事を言っているのだろうか。
馬鹿みたい。

それはさておき、当CLUBでは、適正プライスのボトルを追求して、
1本のボトルを、会員皆でシェアしている訳です。
ですから、チョー御買得!
なんて言って、ボトルごと買い占めよう・・・
なんていうことは、できる場合と、出来ない場合がありますので、
何卒ご理解の程お願い申し上げます。

■さらに言いますが、
ハイランドパークの他のボトル5種類はあります。
いろいろ、比較して楽しんでくださいな。
よろしく。







  

Posted by バイヤー君 at 15:06Comments(2)■CLUB NEWS

2008年11月05日

■『不許飲酒』の碑。




――たまたま月曜日の午後、時間が空いたので、
東京へ戻る前に、京のJRバスに乗って、
栂尾の高山寺を再訪することが出来た。

色づきはじめた、高雄神護寺の紅葉を眺め、清滝川に沿って歩いてゆく。
都心から僅かの時間で一変する、周山街道の山峡の空気を喜びつつ、
美しい日本の風景を再認識した。




■高山寺のパンフレットによれば、
1986年アッシジの聖フランシスコ教会と高山寺がパウロ二世の祝福を受け、
ブラザーチャーチの約束を取り交わしたとある。
ロッセリーニの傑作にある「神の道化師フランチェスコ」も、
明恵上人と同時代人だったのだ。

ヨーロッパでは十字軍の傭兵からテンプル騎士団が成立し、
一方でユダヤ人の追放も始まり、歴史は今日の金融ネットワークへと脈々と繋がる。
その頃、イタリアではフランチェスコ派が生れた。
日本では、壇ノ浦で平氏が滅び鎌倉時代が始まる。

――リスや小鳥に囲まれた明恵上人の「樹上坐禅像」とともに、
ジョットの「小鳥に説法」する聖フランチェスコの絵画に、
両聖人の慈悲のこころが象徴されている。

高山寺は、また日本のお茶の発祥地としても知られている。
中国からお茶を伝えた栄西(ようさい)禅師から、
明恵上人にお茶の種が贈られ、
お茶はここから宇治へ移植されたのだと言う。
いまでも、日本最古の茶園が残っている。

その遺香を伝える「遺香庵茶室」のそばに、
『不許飲酒』の石碑を見つけて、
おもわず、立止ってしまった。
バイヤーだもの。
うーーーーん。イケマセンカ。




   ――或る時、上人久しく冷病に侵されて不食し給ひける比、
   医博士和気の某、訪ひ申さん為に参りたりけるが申しけるは、
   此の御労はひえの故也、山中霧深く、寒風烈しき間、
   美酒を毎朝あたためて少しづつ服せしめ給はば宜しかるべき由申しければ、
  
   上人仰せに云はく、
   「法師は私の身にあらず。一切衆生の為の器也。
   仏、殊に難処に入りて誠め給ふも此の故也。
    ・・・・(中略)
   三宝の擁護により病愈え、命延ぶべし。
   さあるまじきに於いては、仏の堅く誠め給ふ
   飲酒戎をば犯すべからず。
    ・・・・(中略)
   予若し薬の為に一滴をも服せば、
   何事がな、かこつけせんと恩ひげなる法師共、
   故御房も時々酒は吸ひ給ひしなんど云ひ、
   ためし引き出して、此の山中さながら酒の道場となるべし。
   仍りて斟酌無きに非ず」
   と云々。

     (梅尾明恵上人伝記 巻下より)


――あっちゃーーーー。
キビシイ話であります。
しかし、何か救われる話は無いのでしょうか・・・。


   人は
   阿留辺幾夜宇和(アルベキヨウワ)
   と云ふ七文字を持つべきなり。
   僧は僧のあるべき様、俗は俗のあるべき様なり。
   
     (梅尾明恵上人遺訓)

――はい、わかりました。明恵上人。
なんだか、ほっといたしました。
それでは、これから山を降りて、
BARでシングルモルトでも飲みにゆきます。





  

Posted by バイヤー君 at 23:27Comments(0)■JOURNY

2008年11月05日

■ウオッカ或は草原の風



『ウオッカ或は草原の風』



――昭和45年。あの70年安保の年。
中央競馬のクラシック戦線は、
東のアローエクスプレス・西のタニノムーティエの対決ムード一色であったが、
結果は「皐月賞」・「ダービー」共にタニノムーティエの勝利であった。

春シーズンが終わると、タニノムーティエの「菊花賞」三冠達成へファンの興味は絞られた。
しかし、滋賀の新設牧場で夏を過したムーティエは、
「喘鳴症」(ノドナリ)を発症してしまう。
――そして秋。淀の三千メートル。
馬群の中で、喘ぎながら走るタニノムーティエの姿があった。
以来、順調に見えたカントリー牧場に、翳りが見え始める。
オーナー谷水信夫氏の突然の事故死・・・。
中距離界で輝かしい種牡馬実績を残すアローエクスプレスとは対照的に、
種牡馬となったタニノムーティエは、これといった活躍馬を出さぬまま、
忘れ去られた。



――そして昭和が終わろうとする頃、
わたしはJRAの雑誌「優駿」の小さな記事を目にした。
・・・
アローエクスプレスとクラッシクを戦ったあのタニノムーティエが、
九州の牧場から北海道十勝の牧場に移されて余生を送る事となった。
・・・
記事を目にした都会の競馬ファンが雑誌に投書していた。
「あのタニノムーティエが九州に売られ、また今度は北海道の田舎の牧場に売られて、可哀そう」



その小さな記事は、わたしの心の底で、小さな刺のように引っかかった。
春が来ると、わたしは然別湖へ向かう道筋の牧場を訪ねた。
新緑の光の中で、のんびりと草を食む馬。それがタニノムーティエだった。
「おーーーい、ムーティエーー」
呼び声に応えて、ムーティエは擦り寄ってきた。

誰もいない牧場の片隅で、タニノムーティエの顔を撫でながら、
わたしには、府中の、ダービーの、
数万人の視線の先の直線コースが、
中山の、小高い四コーナーから見た、
はるか左手前方のゴール板が、
そして淀の、噴水の向うの
バックストレッチが・・・、
一瞬のうちに浮かんでは消えた。
「そうか、そうか、そうだったのか・・・。」



――春を迎えた牧場にはタニノムーティエの二匹の仔馬がいた。
そして次の年、タニノムーティエの姿は牧場から消えた。
「ムーティエは元気ですか」
「うん。雑誌に投書が出て、カントリー牧場が、何としても引き取らせてと言うもので・・・」
「そうですか。でも生まれ故郷に戻れたのだから・・・」
そして翌年、牧場で育ったタニノムーティエ最後の仔は、
阪神競馬場の新馬戦を、武豊騎乗で勝利した。
馬名は「ソウゲンノカゼ」。いい名前だ。

「もっと活躍する馬が出るといいですね」
すると牧場主のNさんは独りでログハウスを造りながら、ポツリと言うのだった。
「海から遠い十勝の夏は、サラブレッドには向かないね・・・」
以来牧場から、名馬誕生の話は聞かないが、
Nさんの牧場は観光牧場として賑わっている。



あれから幾度の夏が過ぎたことだろう。

中央競馬は外国産馬の活躍で、中小の牧場はどこも苦しい経営であった事だろう。
「幾度も牧場を手放そうかと思った。」
というカントリー牧場の谷水雄三氏の記事を読んだことがある。
カントリー牧場は平成十四年。ダービー馬「タニノギムレット」を再び送り出した。

そして平成十九年。
ギムレットから生まれた「ウオッカ」が、牝馬として64年ぶりのダービー馬となった。



『このピュアな資質を、タニノなどという水で薄められない。』
とメディアに語る谷水氏の言葉の奥行きを、
わたしも、思い起こさずにはいられなかった。



そんな記憶を◎印に込めて、
わたしはウオッカの単勝に投票しつづける。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



  

Posted by バイヤー君 at 08:30Comments(0)■TOKACHI

2008年10月20日

■知床旅情 



――すっかりご無沙汰いたしておりますうちに、
秋もだいぶ深まってまいりました。
CLUBの皆様お元気ですか。
ブログも日々の雑用に追われて、
遠ざかると、ずうーーと途切れてしまいますね。
そんな訳ですから、身辺雑記でお茶を濁しましょう・・・。


バイヤーは、久しぶりで再会した、親類を案内して、
秋の一日、知床へ足を伸ばしました。



朝の知床峠は、快晴です。
足元の光る海のむこうは「北方領土国後島」
ちょっと高く見えるのが泊山です。
それでも視界に入るのは、国後島の四分の一程でしょうか・・・。



世界遺産「知床岬」は、きょうも観光客で賑っていますが、
バイヤーにしてみれば、観光地はおなじみの風景。
あまり興味は湧きません。




観光地よりも、むしろ車窓に広がる
刻一刻と光を受けて変化する、オホーツクの海に感激するわけです。
きょうは、モヤで見えませんが、
知床半島の眺めは、春先の網走辺りからが最高ですね。



そして、知床のお土産は何。と問われて、
まず、推奨の「メンメ(キンキ)の一夜干し」を求めましたが、
この季節は見当たりません。
それで次なる推奨品は、
何といっても「厳選・羅臼・真ホッケの一夜干し」特大サイズ。
・・・うーん。美味い。
ホッケにもいろいろありますが、これは絶品。
一同、黙々とホッケの開きを堪能致しました。
以上。








  

Posted by バイヤー君 at 22:42Comments(2)■JOURNY

2008年10月10日

■CLUBのあたらしい「水」



《DEESIDE》
KAWATA理事長の提案で、
これまでの「南アルプス天然水」と替わって、
この秋は、ハイランドの水「ディーサイド」が登場いたします。
しばらくは、これでモルトを楽しんでみましょう。
より軟水ですが、シングルモルトとの相性は如何なものでしょうか。

――ここでは、バイヤーのコメントは差し控えますが、
CLUBの皆様も、是非いろいろお試しください。

ディーサイドウォーターは1760年以来、
スコットランドのパンニャニック鉱泉から湧き出している天然水だそうです。


【以下Whisk-e のディーサイドウォーターのページより引用】

《 ディーサイドの5つの特徴 》
1.日本に輸入されている唯一のスコットランドの水。
2.スコッチのマザーウォーターで、ウイスキーとの相性抜群。
3.硬度22の超軟水でやわらかく、なめらか。
4.英国内の実験で『抗酸化作用』が確認され、健康に良い水として世界で人気沸騰中。
5.スパークリングは発泡性が高く、ソーダの代わりとしてお使いいただくことも可能です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 《ここで、モルトグラス君補充のおつまみとボトルの紹介をします。》

 ■徳用ソフトマンゴー
 ■枝付き干しぶどう (アルゼンチン産)CLUB定番だが、産地はいろいろ。
 
 ■【特売】ラガヴーリン16年 
 ■【おひとり様1本限り】キルホーマン ニュースピリッツ 63度
 ■【大特価】 ラフロイグ 15年 43度
 ■『ダンカンテイラー』 ザ・ビッグスモーク 
 
 ・・・・・・・【特売】【おひとり様1本限り】【大特価】
 ・・・このあたりが、モルトグラス君の得意技なんだ。
 ・・・おかげで、ガンガン飲めるって訳。
 ・・・どうもありがとうございます。
 ・・・でもいまでは、身がもたんね。



  

Posted by バイヤー君 at 16:32Comments(0)■CLUB NEWS

2008年10月09日

■閑古鳥の鳴き声 



CLUBは今夜も、閑古鳥だろうな・・・。
なんて思って、電話をすると、

「はい。RYU’S CLUBです」
と明るい声が・・・。
「――バイヤーですが、誰ですか。」
「はい。(◎△◎)です。」

「元気いいね。ところで、今夜は忙しいかい?」
「いや。カンコチョウです。」
「えっ、官公庁がどうしたって・・・」
「いや、カンコチョウ」

「おいおい、それを云うなら、カンコドリでしょう」
「えー、はい。カンコドリですか」
「そうか、閑古鳥はカンコーチョーって鳴くのか・・・」

「・・・いや、はずかしい。でも、ひとつ勉強になりました。」
「うん。若いっていいね。じゃあ、これから参ると致そう。」
「はい。お待ちしております。」

――と言う訳で、当番の(◎△◎)さんと、
閑古鳥の鳴き声のハナシになりました。
閑古鳥はどう啼くか・・・。

「ぴー、ぴー、ぴー・・・」 違うかな。

「カラ、カラ、カラ・・・」 やはり違うかな。

「まあ、そんなところでしょうね。」

「・・・ほんと、誰も来ないときは、なんか帰りの足取りもね。」
(◎△◎)さんの独り言には実感がこもっています。

「そうなのか、分る様な気もします・・・。」
SCAPA・BOWMORE・・・と酔いが廻って、
「ヨタ話はこれくらいで、帰ってブログでも書くか・・・。」

「えー、カンコーチョーのこと書くんですか、はずかしい。」
「うん、若いうちじゃん。」

――当番の皆さん、毎晩本当に、どうもありがとうございます。




        ■ちなみに「閑古鳥」とは郭公のことで、啼き声は「カッコー」でアタリマエ。
         シマフクロウとは関係ありません。写真もハナシも単なるイメージです。
  

Posted by バイヤー君 at 23:41Comments(0)■CLUB NEWS

2008年10月09日

■タウシュベツ川橋梁にて 




ここは旧国鉄士幌線のアーチ橋跡だ。
ダム建設に伴い、半世紀前にルート変更され廃用となったが、
その後士幌線も、全線廃止となり20年が過ぎた・・・。

近代の発展と共に、山を越え、谷を越えて、拡がった北海道の鉄道網は、
民営化と共に、無残ともいえる姿で、切り捨てられて廃線となった。

クルマ社会は、さらに追い撃ちをかけるように、
地方から、公共交通を奪い去った。

「赤字・非効率」という、聞いた風なコトバが大手を振って、
地方は切り捨てられてゆく・・・。

そうして、いまでは人影も疎となってしまった、過疎の町で、
やたらと立派な「公共施設」ばかりが目に付いている。

なんなんだこの国は・・・。


  

Posted by バイヤー君 at 11:20Comments(1)■JOURNY

2008年10月08日

■秋の物語 能「野宮」(ののみや)




――日に日に、秋も深まりをみせております。
会員の皆様、如何お過ごしですか。

CLUBは今夜も、閑古鳥。
カウンターで、モルトを愉しみながら、うつらうつらしているうちに、
なんだかまた、ノーテンキなハナシに、
なってしまいそうです・・・。

季節は「芸術の秋」。
秋の夜長ということで、
調子にのって、今夜は酔狂にも、
源氏物語の女・六条御息所をご紹介いたします。
物語は、晩秋の嵯峨野へ飛びます。




  ――花に馴れ来し野の宮の、秋より後は如何ならん。


源氏物語「夕顔」「葵」「賢木」を題材とした、
金春禅竹の能「野宮」(ののみや)は、
光源氏を愛した六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の心のありさまを、
ひたすら内面的に描いた名作です。

十六歳で東宮妃(皇太子妃)となり、なんと二十歳ですでに未亡人となった御息所は、
光源氏の誘惑に負け恋に落ちます。
そのとき、源氏十七歳、御息所なんと二十四歳。


しかし御息所の幸せはまたしても短く、
心変わりする源氏を取り巻く夕顔や葵上に、嫉妬を感じ始めたとき、
源氏との愛が成就するものではないと察し、
娘の伊勢斎宮とともに、自らも伊勢へ下る決意をするのです。

この斎宮のために穢れを避け、
身を清めるためにこもる斎宮の宮が「野宮」です。
  
=斎宮(さいくう)とは天皇が即位する毎に、
社会とは隔絶されて伊勢神宮に遣わされせる未婚の内親王のこと。


――舞台は物寂しい晩秋の嵯峨野。
旅の僧の前に現れた里女は、野宮の由来を語り、
光源氏と六条御息所の「野宮の別れ」(源氏物語『賢木巻』)の日が今日にあたること、
自分がその御息所自身であることを告げて、
黒木の鳥居に姿を消します。

――後に、僧の回向で、姿をあらわした御息所の霊は、
正妻葵上との車争いの無念や、源氏との逢瀬のせつなさを舞い、
やがてまた、火宅の門へ消え失せるのでした――。 

自ら断ち切る源氏への哀しい思慕と、
たち消えぬ情念の妄執。

深く愛する故に深く迷う御息所の淋しさが、
晩秋の寂寥の中で静かに溶け合ってゆきます。

「源氏物語」は1000年前の話。
そして450年のちに物語は能「野宮」へと昇華します。
そしてさらに550年後の今日、
能の舞台をとおして、
光源氏を愛した、ひとりの女性・六条御息所の、
心の移ろいに想いよせて、
深い感銘を覚えるのです。

六条御息所というひとりの女性をめぐって、
このように深化する物語の奥ゆきと、
この国の文化の伝統を、巡る季節の中でふと想い起こしました。


  
  ――野の宮の、月も昔や、思ふらん。
     影さびしくも森の下露。

  ――身の置き所も あはれ昔の、庭のたたずまひ、
     よそにぞ変わる、気色も仮なる、小柴垣、
     露うち払い、訪はれし われも、その人も、
     唯夢の世と ふり行く跡なるに、
     唯松虫の音は、りんりんとして 風茫茫たる 野の宮の夜すがら、
     なつかしや。







                《参考文献》 「天の花 淵の声」能界遊歩=小川国夫著 角川書店刊
                         「源氏物語と能」=馬場あき子著 婦人画報社刊 
                         「謡曲全集」=野上豊一郎編 中央公論社刊 



  

Posted by バイヤー君 at 20:21Comments(0)■JOURNY

2008年10月07日

■ここがへんだよ「最後の晩餐」



■「楽しいこといろいろ」《か》さん。コメントありがとうございます。
さっそく「芸術新潮」を買いにゆこうとしましたが、
今月は須賀敦子さんの坂道のはなし。・・・いいなトリエステの坂道。
なんだヴィーナスは4月号か・・・残念。
そこで「楽しいこといろいろ」のブログをチェックさせて頂きましたら、
ティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」が表紙の芸術新潮4月号が、
3/31の記事に出てきました。
・・・これですか。
いつか、図書館でもいって拾い読みしてみます。
ありがとうございました。

(◎▲◎)

・・・と言う訳で、
きょうもCLUBは閑古鳥。
カウンターで、モルトを愉しみながら、ヨタ話をしているうちに、
酔いも手伝って、なんだかまた、ノーテンキなハナシに、
なってしまいそうです。

・・・季節は「芸術の秋」。
秋の夜長ということで、調子に乗って、
テーマは、「ここがヘンだよ。最後の晩餐」
はなしは、以前訪ねた世界遺産「最後の晩餐」へ飛びます。

・・・タクシーを拾って「サンタマリアあれ何だっけ・・・ダヴィンチ」というと、
「デッレ・グラーツィエ」と運転手が教えてくれた。
「そう、グラーツィエ、グラッツェ」といって、サンタマリア・デッレ・グラーツィエ教会へ着いた。
見学者は教会の回廊を抜け、
空気フィルターを通過し「最後の晩餐」と対面する。

20年に及ぶ洗浄修復作業を終え、
500年の時を経て姿をあらわした『最後の晩餐』(421×903)は、
壁画の一般的な画法、「フレスコ画法」ではなく、
「テンペラ画法」で描かれている事が判った。

制作中でも、試行錯誤を繰り返したレオナルドには、
壁面に漆喰を塗り、それが乾かないうちに手際よく描かなければならない
「フレスコ画」は向かなかったという。
描き直しの可能な「テンペラ画」こそ、レオナルド絵画理解の鍵でもある。

しかし、この方法は、画の表面が呼吸しないために湿気に弱く、
完成まもなく劣化が始まる。
そして幾度も修復という上書きが施されてきたのだ。

教会の食堂のガランとした空間に描かれた壁画を見上げると、
複雑に入り組んだ「手」の描写に困惑する。

一人ひとりの手振りが意味ありげである。
イエスの左に放置されたような腕は誰の腕だ。
さらにヨハネの肩に掛る腕は誰のものだ。
見るほどにデッサンが狂っているようで不自然なのだ。

さらにイエスと空間を挟んで並ぶジョバンニ(ヨハネ)。
と、説明されているのは明らかに女性である。
マグダラのマリア・・・。
だとしたらヨハネは何処にいるのだ。

そう思う一方で、「手話」のようなボディランゲージを必要とした
イタリア文化の歴史を想像し・・・、
軽い気持で観に行ったはずなのに、
500年の時を経て甦った問題作「最後の晩餐」は、
なんとも落着かない気持にさせられるのである。

そしてさっそく売店でポスター・解説書の類を購入した。
下はそのポスターの部分である。




「はっきり言っておく。あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている。」
弟子たちはだれについて言っておられるのか察しかねて、顔を見合わせた。

イエスのすぐ隣りには、弟子たちの一人で、
イエスの愛しておられた者が食事の席に着いていた。
・・・(新共同訳・ヨハネによる福音書13裏切りの予告)下線引用者。

ヨハネによる福音書にもちゃんと書いてある。

次に、手の動きの意図するものの参考に、ダヴィンチの手記はどうなっているか、

――「詩」は畢竟するに盲者に働きかける学。
「絵画」は聾に働きかける学だと言ってよかろう。――

「手と腕とはどんな働きにあたっても、
それを動かす人の意図を出来るかぎり明瞭にすべきである。
けだし自分の気持を興奮させた人は、
あらゆる運動ごとに手振りによって気持を出してしまうからである。」
・・・(「レオナルド・ダ・ヴィンチの手記上」岩波文庫195P・239P=杉浦明平訳)

なるほど。

そして「イエスの血脈と聖杯伝説」を種本に、
シオン修道会の秘密が公表されたと話題だった、
「ダ・ヴィンチ・コード」である。
この「事実に基づいた」ミステリーを読まなくてはならない。

しかし物語は佳境に入ったところで、
幾度も「フレスコ画最後の晩餐」と繰り返されて、
「事実」に基づいてないじゃん、ダン・ブラウンさん。
とまた落着かなくなるのである。

・・・そんな事を考え出すと、
壁画の劣化は、単に湿気の為だけではなさそうである。

20年後には《湿気の為か、他の不都合の為か》既に破損し始め、
37年後には《拡がったしみのほか何も見えない》。

いや、むしろ「最後の晩餐」は消されたのであろう・・・。

(◎▲◎)

――イタリアの夏は暑い。
石で造られた建築物に湿気が篭ると、サウナ状態となる。
夏の旧市街は、昔は伝染病の巣となった。
故に貴族たちは、街から離れる。
それが「避暑」である。

バイヤーも何処か涼しい所で頭を冷やそうと、グラーツィエ教会を離れた。
街角の喧騒と照り返しを避けて、
ひっそりと静まり返ったアンブロジアーナ図書館へ行った。

併設された絵画館は、どの部屋にも制服の警備のおじいさんしかいない。
足音がいちいち高い天井に反響する。
大きな展示室に慎重に足を運ぶと、
数十点の作品の中で、ひときわ異質な絵が目に飛び込んできた。

そして思わず吸い込まれるように、その絵の前に立っていた。

「レオナルド・ダ・ヴィンチ《ある音楽家の肖像》」。

そうかこれもレオナルドか。
やはり何かがヘンなのである。

もっとも後に、この作品は
レオナルド工房の作品であるらしいという事を、解説書で知ったのだが、
多くの作品の中にあって、それと知らずに足を向けさせる何かが、
レオナルドの作品には共通してある。

それは目鼻立ちのデッサンの線が、微妙にずれている所為なのか・・・、
赤い帽子が遠目にも不自然なのであった。




  

Posted by バイヤー君 at 20:12Comments(1)■JOURNY

2008年10月07日

■ここがへんだよ「ミロのヴィーナス」



きょうは月曜日。
CLUBは閑古鳥。
カウンターで、ハイランドパークを楽しみながら、
担当のAYAさんと、ハナシをしているうちに、
酔いも手伝って、なんだかノーテンキなハナシに、
なってしまったのです。

季節は「芸術の秋」。
テーマは、「ここがヘンだよ。ミロのヴィーナス」
はなしは、ずっと以前に訪ねたルーヴル美術館へ飛びます。

・・・ルーヴルは今日も世界中からの観光客で賑っていることでしょう。
そして、多くの人が「モナリザ」の微笑みをガラス越しに見て
「なるほど、モナリザや」と納得することでしょう・・・。

バイヤーも、あれもこれもと欲張って見ようとするものですから、
広い館内で迷ってしまいました。

それでいったん観光ルートの出発点に戻り、人の流れについて行きますと、
「ミロのヴィーナス」に辿り着きました。

それで、人の輪の間から、ヴィーナスを見上げて、記念の写真を撮りました。




家に帰り、「これが、ミロのヴィーナスや」と女房に自慢話をすると、
女房は写真を見ながら「ミロのヴィーナスって何だかヘン」と言うのです。

「どこがあ、これこそ正真正銘のミロのヴィーナスやで」
「・・・だって、胸と腰とお尻の辺りが」
「えっ、どうかしたか」
「初めて見たときから、それぞれ別人のように見えるの・・・」
「ベツジン?」
「それに顔だって・・・、」
「・・・胸の形からしたら妙に老けて見えるし、」
「若々しい胸に比べて・・・、」
「ずんどうの腰とガッシリしたお尻は・・・、どう理解したらいいの」

「知るかい、そんな事。それって、どこかの教科書に書いてあったのか」
「べつに・・・、ただそう思っただけのことよ」



「なんだかヘン」という女房のひと言で、
「ミロのヴィーナス」に対する「謎」がにわかに深まりました・・・。

もし、時間がありましたら、あなたもヴィーナスをじっくり鑑賞して、
あなたの見解を聞かせてください。

あなたの見解が「ヴィーナス誕生の謎」を解明するかもしれないのです。
・・・・・



  

Posted by バイヤー君 at 00:56Comments(3)■JOURNY

2008年10月01日

■SCALAの夜



はやくも10月ですね。
モルトウイスキーが日に日に旨くなるこの頃、
一杯引掛けて、宵はOPERA鑑賞と洒落たいところです。
でも、この秋のバイヤーは、それは叶わぬ夢です。

・・・せめてネットで検索して
ホームシアター鑑賞でもしますか。
この秋のミラノスカラ座は・・・・



TEATRO ALLA SCALA 

Wolfgang Amadeus Mozart
■ Le nozze di Figaro
10/11~

Franz Lehár
■ Die lustige Witwe
10/29~

「フィガロ」に「メリーウイドウ」ですか・・・。
なんだか、メランコリーになっちゃう。

そう云えば、今週からJRAも、秋のG1が始まります。
今週は「スプリンターズステークス」
よし、気持ちを新たにチャレンジしましょう。




■ついでに、12月の、CLUBのクリスマスパーティの日程が
決まったようですので、お伝えしましょう。

「RYU’S CLUB クリスマスパーティ」
12/8(月)★北海道ホテルにて。


  

Posted by バイヤー君 at 21:27Comments(1)■MUSIC

2008年09月26日

■「大雪山」きょうの雪景色



皆様ご無沙汰いたしております。
バイヤーは今日、層雲峡を越えて、十勝へ戻りました。

層雲峡で、お昼に「ザンギラーメン」を食べて、
トンネルを越えて山道に入ると、
フロントガラスに、あられが吹きつけ始めました。



沿道の草叢はうっすらと「雪化粧」



そこで、急遽、脇道にそれ、
衝動的に「銀泉台」を目指した訳です。

クルマの温度計はどんどん下がって、
とうとう摂氏1度になりました。

それでも、銀泉台へ着くと、
紅葉見物の観光バスから降りたおばさんたちが、
ヤッケに身を包んで、
雪の中の紅葉を目指して歩いてゆきます。

お互いに、ごくろうさんです。
寒さですぐに戻る事でしょうが。
お気をつけて・・・。



こうして
大雪山は今日から、
永い「冬の時」が始まるのですね・・・。



  

Posted by バイヤー君 at 21:20Comments(2)■JOURNY

2008年09月16日

■誰もいない海 




いまは、もう秋です。

  ・・・しばらく海見てないな~。
  ・・・私の原風景は砂浜の海岸ですが、海、見たくなりました。

という「バンカーさん」のコメントにお応えして・・・。
モノトーンの浜辺をアップしました。

ここは黒潮に洗われる太平洋の北の浜辺です。
あれ、ほんとうに誰もいないな。

   ♪いまは~もう秋 誰もいない海 
    ~たったひとつの夢が 破れても 
    わたしは忘れない 砂に約束したから・・・

    ~愛しいおもかげ 帰らなくても 
    わたしは忘れない 空に約束したから・・・

わたしも、砂に約束しようと、
一握の砂を掴めば、

さらさらと指のあいだから
こぼれ落ちて日暮れ。

あれ、これも何処かで聞いた歌みたい。
そう、約束はたいせつ・・・。

浜辺を離れて林に立つと、
足元では、カラカラと音を立てて
落ち葉が風に舞っていました。




  

Posted by バイヤー君 at 21:59Comments(2)■TOKACHI