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<title>RYU'S CLUB NEWS</title>
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<description>モルトウイスキーを愛好する北海道十勝の異業種交流会からのお便り。</description>
<language>ja</language>
<pubDate>Thu, 21 Feb 2008 10:32:21 +0900</pubDate>
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<title>■美の歴史とシングルモルト　</title>
<description>モルトウイスキー蒸留所揺籃の頃の18世紀。スコットランドでは、「スコットランド啓蒙」と呼ばれる時代であった。その頃から今日まで、おおくのウイスキー蒸留所は、消長を繰り返し、現在に至るのだが、いまに伝わる100余りのモルトの、その個性との出会いが、モルトウイスキーいちばんの愉しみであろう。風土に根ざす、個性的で多様なものの背景には、個性を育む、ものの見方や、考え方が無くては、生まれないとも言える。・・・食後の読書にぴったりの、わかりやすい読み物。ウンベルト・エーコの「美の歴史＝STORIA DELLA BELLEZZA」を、ぱらぱらと、時代ごとに拾い読みしたり、眺めながら、モルトウイスキー揺籃の頃の、ヨーロッパの「美の歴史」を振り返るのも興味深い。・・・それにしても、ウイスキーは旨いのに、スコットランドでも、どうして料理はこういう味に、なってしまうのであろうか・・・。・・・・それはさておき、スコットランド啓蒙の中心的な存在のひとり、ディビッド・ヒュームの「主観主義」の思想は、当時のヨーロッパの「美」の観照にも、おおきな影響を与えている事を知った。以下「美の歴史」から引用する。　　古典主義と新古典主義　　　　　・・・・・・・・・・・・・・　　考古学研究は18世紀後半、確かに流行りであった。　これは、ヨーロッパの規範の外にある異国的な美を求めて　遠方の土地へ出かけて行く旅行熱をよく示している。　　しかし、研究、発掘、遺跡の発見だけでは、この現象を説明するのに充分ではない。　なにしろ、ポンペイの発掘（1748年）にたった十年先んじただけのエルコラーノの発掘（1738年）　に対して世間はまったく関心を示さなかったのである。　　ポンペイの発掘が、古代と起源への真の熱狂に火をつけるきっかけとなった。　この二つの発掘の問に、ヨーロッパの趣味に深遠な変化が生じたのだった。　　決定的であったのは、ルネサンス時代の古代世界のイメージは　じつは古代末期の退廃の時代のものであることが発見されたことだった。　古典的美とは、じつは人文主義者たちによって歪められたものであったことが明らかになった。　そしてこれを拒絶して、「真の」古代の探究が始まった。　　　18世紀の美に関する諸理論を特徴づける革新的な性格はここに起源をもつ。　原初の様式の探究は、伝統的な様式との断絶や因襲的な主題やポーズの拒絶をもたらし、　表現上のより大きな自由に役立った。　　　　しかし、規範からの自由解放を声高に訴えたのは芸術家たちだけではなかった。　ヒュームによれば、批評家は、　自分の判断を外部からの偏見や慣習から解放される力さえあれば、趣味の規準を決定できる。　批評家の判断というものは、方法・洗練・経験はもとより偏見からも離れて、　良識のような内的特性にもとづいていなければならないのだ。　　　　このような批評は、のちに分かるように流布しているさまざまな思想が、　議論と――もちろん――取り引きの対象とされることが前提になっている。　同時に、批評家の活動は、古典的規則からの趣味の決定的解放を前提とする。　これは少なくともマニエリスムから始まった運動であった。　　そしてこれはヒュームにおいて、懐疑論に近い美学の「主観論」に達した。　　　（この懐疑論という言葉は、ヒューム自身が肯定的意味で、　　　　　　　　　　　　自らの哲学にあえて与えた呼び名である）。　　このような状況の中で、基本的なテーゼは、美とは事物に属するものではなく、　批評家、すなわち外的影響から自由な観者の頭の中で形成されるものだということになる。　　この発見の重要性は、　17世紀にガリレイによって物理学の分野でなされた人体の諸性質　（暖かい、冷たい、など）の主観性の発見に匹敵するものであった。　「人体の味覚」の主観性――ある食べ物を甘く感じるか苦く感じるかは、　その食べ物の性質によるのではなく、それを味わう者の味覚器官しだいであること――　は「精神的味覚」の主観性に相応する。　　事物に本来そなわっている客観的な価値という基準が存在しないのだから、　ひとつの物が自分の目には美しく見えても、隣人には醜く見えることもあるわけだ。　　　　　　　　　　　　　（東洋書院刊　ウンベルト・エーコ「美の歴史」植松靖夫監訳P244-246）　　　　デイヴイド・ヒューム　　『道徳、政治、文学に関するエッセイ』ⅩⅩⅢ，1745年頃　　　美は事物そのもののうちにある性質では全くない。　それは、事物を観照する心の内にしか実在しない。　だから、各々の心はそれぞれ相異なる美を知覚するのである。　ある人は、別の者が美を感じとるところで醜を知覚しさえするかもしれない。　そして、あらゆる個々人は、他人の感情を規制することなど主張せずに、　自分自身の感情に同意すべきである。　真の美ないしは真の醜を追求することは、　真の甘さや真の苦さを確かめられると主張するのと同じ程に無益な試みである。　身体器官の性向に従えば、同一の対象は甘くも苦くもある。　そして、ことわざが正しくも明快に言っているように、　味覚についての議論は無益なのである。　この格率を、身体の味覚と同様、　趣味ついても拡大して適用することがきわめて重要である。　こうして、哲学、とりわけ懐疑的哲学とはしばしば対立する常識的立場は、　少なくともこの場合は、　趣味については争えないという判断を下す点で互いに一致するのである。　　　　　　　　　　　　　　（東洋書院刊　ウンベルト・エーコ「美の歴史」植松靖夫監訳P247）</description>
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<category>■ＢＯＯＫ</category>
<pubDate>Tue, 02 Sep 2008 00:37:18 +0900</pubDate>

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<title>■松浦武四郎と北海道の山　</title>
<description>　　（松浦武四郎が登った北海道駒ケ岳が表紙の＝深田久弥「瀟洒なる自然」）ＣＬＵＢでモルトを愉しんでいると、ＯＫＵＳＹＵ会員が、今年もカムイエクウチカウシへチャレンジしたいと話していた。ＯＫＵＳＹＵ会員は昨夏ガイドツアーで、念願のカムイエクウチカウシ登頂を果たした。ガイドツアーなので一般ルートとは異なり、九の沢遡行で、相当難儀して足の爪を傷めたそうだ。――九の沢は以前、出合より少し入って、雲行きが怪しくなり、逃げ帰った事があります。――先週もトムラウシの途中まで、散歩してきました。そんな話をすると、ＯＫＵＳＹＵ会員に、――バイヤーはいつも「途中」までなのですね。と笑われた。それについては、いろいろ理由があるが、ここでは差控える。それできょうは、松浦武四郎の「途中」までの話。　松浦武四郎（1818-1888）は幕末から明治にかけて、蝦夷地を探査し、「北海道」という名前を考案したのを初めとして、アイヌ語の地名をもとに、北海道の多くの地名を選定、また、北海道から千島・樺太に及ぶ詳細な地名図、【東西蝦夷山川地理取調図】を残した。16歳で戸隠山へ登って以降、全国の山を歩いた事は、近代登山の魁と言われる。日本百名山などのブームもあって、近年、松浦武四郎を再発見・再評価するイベント等が各地で開催されている。一方で、その「山行」や「紀行」など、後で書いた、フィクションも含む、日誌や紀行文を「史実」と受止めて、事実とは異なる著述も世間には多いということだ。松浦武四郎の、業績が明らかになる一方で、日記の記述と、「日誌」や「紀行文」との、時間的整合性への疑問も起こっているのだ・・・。　　■『江戸明治の百名山を行く　―登山の先駆者　松浦武四郎―』　渡辺　隆著　　　　　北海道出版企画センター　北方新書2007年刊　渡辺氏の本は、それらの疑問点を、丹念に調べあげて、事実の場所へと導いてくれる。じつは昨日、松浦武四郎に、ちょっと興味を持って、書店の棚で、目に付いた、下記の新書も買い求め、同時進行で、北海道の山々を拾い読みしたわけだ。　　■『松浦武四郎と江戸の百名山』　中村博男著　　　　　　　　　平凡社新書　2006年刊　　こちらは、松浦武四郎と同郷の三重県出身の著者が、「三重の三巨人」。芭蕉・宣長・武四郎という事で、「北海道から九州まで各地の名峰を踏破した武四郎」にスポットを当てているのだが、二冊の本を同時に読み進めば、北海道の、ひと山ひと山、「ちょっと待てよ」と、立ち止まることになるわけだ。松浦武四郎は、百名山の著者深田久弥と並んで、偉大な登山の先駆者である事に変わりはない。しかし、半世紀前に北海道の山を廻った、深田氏も、さらに百年前の魁・武四郎に敬意を示す一方で、半ば疑問も持っていたことは、　　■「日本百名山」或いは、　　■「わが愛する山々」（後方羊蹄山＝しりべし山）共に新潮社刊。などで読み取れる。武四郎の「後方羊蹄日誌」「久摺日誌」などは未見だが、よく知られている北海道の山々を、渡辺隆氏の労作による、丹念な道案内で逍遥すれば、そして、5万分の一の地図を眺めれば、渡辺隆氏の指摘されることは、いちいち納得がゆくのである。「大雪山（石狩岳）」　「雌阿寒岳」　「後方羊蹄山」　「雷電山」　「豊似岳」。　松浦武四郎はこれらの山々には、何れも登頂していない。山頂までは究められなかったが、アイヌから聞き調べた、蝦夷地内陸部に及ぶ調査で、今日の北海道の、多くの地名はあきらかになった。あわただしい調査の傍ら、武四郎は、いつも雄峰の峰峰に立つことを「夢」見ていたことであろう。しかし、あまりにも限られた登山に適する季節。そして天候。時間的困難はじつに多い。それで、後ろ髪を引かれるように、多くの山行は「途中」で引き返さざるをえなかったことであろう。そのつよい想いが、後の「日誌」に顕れたのであろうか。武四郎が登頂した、北海道の千メートル以上の山は、28歳の時に登った、渡島富士の「駒ケ岳」のみという事になる。　　</description>
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<category>■ＢＯＯＫ</category>
<pubDate>Thu, 24 Jul 2008 18:22:25 +0900</pubDate>

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<title>■THE WHISKY 名酒グラフィティ　</title>
<description>本棚の中から、一冊の文庫がポロリと落ちた。■新潮文庫『名酒グラフィティTHE WHISKY』－琥珀色のワールド・カタログ-　バッカス・コレクターズ編　1985年刊で判を重ねているから、25年前のカタログ本だ。カタログ本の宿命で、すぐに絶版となったであろうが、その頃は、辻静雄氏の「パリの料亭」とか「ワインの本」とか、カラー文庫が人気であった。ガットのウルグアイラウンドを背景に、日本の高度成長は加速する。海外旅行が、身近なものとなって、国内では八万円した「バランタイン30年」が、香港の免税店では、たしか二万円位だったから、三本買って帰れば、旅費が出る。というご時世であった。そんな時代を思い出しながら、おもわずニヤニヤ、クスクスしながら、拾い読みしていたら、はじめは、なんとも時代遅れと思っていたものが、これはこれで、「時代」の貴重な資料だと思い始めて、こうして駄文を書いている。以下一部を引用しながら、ニッポンのシングルモルトウイスキー揺籃の頃を思い出している。　　【ロイヤル・セント・ジョージ　ＲＯＹＡＬ　Ｓｔ　ＧＥＯＲＧＥ】　　　スコットランドの北の果て、スペイ川のほとりの蒸留所で生れたシャープな酒。　　伝説の騎士ロイヤル・セント・ジョージの勇敢さをたたえて、　　その誠実さと深い味わいを今日に伝える。　　五年ものスタンダードは、アイレイ・モルトが決め手の上質なスコッチ。　　八年ものは、ソフトでスムーズな味わいが特徴。　　十二年ものは、すぐれたモルトをふんだんに取り入れた完璧な仕上がり。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（―133Ｐより引用）　最近では見かけないが、「ロイヤル・セント・ジョージ」（バテッドモルト）は確かにあったな。しかし、いまとなっては、その解説の文章は、読めば読むほどに、訳の判らない不思議なシロモノだ。・・・言おうとする事は判るのだけど、こういう感じで、すべてのボトルの説明をする事は、ほんとうにご苦労さんでしたと・・・。　　【オールド・ブッシュミルズ　ＯＬＤ　ＢＵＳＨＭＩＬＬＳ】　　　北アイルランドに現存する唯一のブランドで、　　アイリッシュ・ウイスキーの最古参。　　豊かな風味と独特のコクはストレートで。　　また、レモンと砂糖を入れたお湯割りも　　かぐわしいアイリッシュ・パンチとして楽しめる。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（--137Ｐより引用）・・・そうか、この本を読んで、20年前は「ブッシュミル」をレモンと砂糖を入れたお湯割りで、飲んだかたがたもおおくいらっしゃったのか・・・。なんだか感無量という感じではないか。そして最後のほうには、国産の、「特に人気の高い売行き良好品」の【地ウイスキー】なるものが紹介されている。一升びんの中身は、ウイスキーなのだ。以下一部を抜粋してみよう。　　■グレン・アーマー（二級・1800ml）富士醗酵工業1800円　　■オールドハーレー・デラックス（二級・1800ml）東亜酒造1730円　　■チェリー・ウイスキー（二級・1800ml）笹の川酒造1630円　　■ハイランダー（二級・1800ml）ヘリオス酒造1650円　　■ネプチューン・ウイスキー（二級・1800ml）合同酒造1730円　　■ホワイトオーク・セレクト（二級・1800ml）江井ヶ嶋酒造1780円　　■ダイヤモンド・ドリーム（二級・1800ml）協和発酵工業1730円　　■45ウイスキーE・E（二級・1800ml）東洋酒造1610円　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（―197.198Pより引用）　そんな訳で、モルトファンの皆さんには、古書店等でこういう本を見つけたら、是非購入をお薦めいたします。　　</description>
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<category>■ＢＯＯＫ</category>
<pubDate>Fri, 04 Jul 2008 19:23:06 +0900</pubDate>

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<title>■おどろきました。</title>
<description>モルトがじわじわと値上がりしている事を知っていて、お酒屋さんと共に、嘆いていたバイヤーですが、自分が、まったくの世間知らずと言う事を、改めて知りました。2008年6月21日（土）「にんにく」が無くなったので、久しぶりにスーパーへ立ち寄ると、片隅に半カケで売れ残りのようなものが、458円とあります。驚いてというか、怯んで他の店へ行ったのです。こちらも、1個498円。・・・・・・中国産3個98円青森産1個198円というのが自分のイメージだったので、まるで、ウラシマタロウのような錯覚に襲われ、自分が、まったくの世間知らずである事を、知りました。世間は、恐るべき、「ハイパーインフレ」に突入しているのですね。・・・これが、グローバリゼーションの負の連鎖だ。なんて今更いってもはじまりませんが、こうして「富」は一点へ向かって、世界中から、吸い込まれてゆく、なんとも息苦しい世の中になってしまいました。■だが、しかし、わたしたちは、　旨い酒を知っている。　だから、こういう時は、　しずかにグラスを傾けて「静けさに帰ろう」。―――以下『タオ』老子　加島祥造訳より引用（本文44頁。）第16章静けさに帰る虚（うつろ）とは受け容れる能力を言うんだ。目に見えない大いなる流れを受け容れるには虚で、静かな心でいることだ。静かで空虚な心には、いままで映らなかったイメージが見えてくる。萬物は生まれ、育ち、活動するがすべては元の根に帰ってゆく。それは、静けさにもどることだ。水の行く先は----海草木の行く先は----大地いずれも静かなところだ。すべてのものは大いなる流に従って定めのところに帰る。　（そして、おお、再び甦るのを待つ。）それを知ることが智慧であり知らずに騒ぐことが悩みの種をつくる。いずれはあの静けさに帰り甦るのを待つのだと知ったら心だって広くなるじゃないか。心が広くなれば悠々とした態度になるじゃないか。そうなれば、時には空を仰いで、天と話す気になるじゃないか。天と地をめぐって動く命の流を静かに受け入れてごらん、自分の身の上でくよくよするなんてちょっと馬鹿らしくなるよ。・・・共感・・・</description>
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<category>■ＢＯＯＫ</category>
<pubDate>Sat, 21 Jun 2008 18:32:32 +0900</pubDate>

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<title>■シェイクスピアのワイン</title>
<description>「シェイクスピアのワイン」多田稔訳（2002年丸善プラネット刊）は、ロンドンの「ワイン＆フード協会」を創設した、アンドレ・シモン氏（1877－1970）の、シェイクスピア生誕400年祭記念講演（1964年）をまとめた私家版小冊子である。訳者の多田稔さんは、この4月まで、十勝の私大の学長を勤められた。この本の邦訳は、恩師から原著を譲り受けた多田さんの、長い間の念願であったという。シェイクスピア（1564－1616）の時代は、エリザベス女王の治世（～1603）から、ジェームズ一世の時代（1603～）。日本でいえば、豊臣時代から徳川時代初期にかけて。ヨーロッパも中世から近世への橋掛りの時代だ。シェイクスピアの劇中に登場するワインや酒亭（タヴァーン）をとおして、あらためて当時の日常が伝わってきて興味深い・・・。　　　　　・・・・・・・・・・・・・・　　　シェイクスピアの時代には、誰も水を飲むことは致しませんでした。　　水は安全な飲物ではなかったのです。　　国内のきわめて貧しい人たちは別として、　　朝食にはエール、昼食にはビール、そして晩餐にはワインが、　　すべての食卓で飲料としてもちいられておりました。（引用5頁より）　　　・・・・・・・・・・・・・　　　エリザベス女王の治世の大半にわたって、　　ワインはイギリス全土にまんべんなく行きわたっており、　　また安価でもありました。（引用13頁より）　　　・・・・・・・・・・・・・　　　当時、「ブランデー売り女」というのがいて、　　「燃える水」と呼ばれた火酒を、軒なみに行商したり、　　ペニー銅貨しか酒代にまわせられない徒弟どもを相手に、　　街頭で一杯売りをしたりしておりました。　　けれども、酒亭（タヴァーン）では、　　こうした蒸留酒のたぐいは売られておりませんでした。　　『十二夜』では、アクア・ヴィタエ（命の水・強酒、ウィスキー、ブランデーなど）は　　産婆の常用する酒として言及されているだけにとどまり、　　『ロミオとジュリエット』では、　　この酒を求めているのはジュリエットの乳母だけにすぎません。（引用20頁より）しかし、ジェームズ一世の時代になると、様相は一変する。ワインの価格制限を撤廃し、販売免許をカネで売ったのです。結果ワインは高騰し、消費量が激減、蒸留酒の需要が増大したのです。なるほど、どこかの国の構造改革みたいですが、背景には気候変動や財政難等、「欧州危機」といわれる出来事があったのでしょう。　　　　･･･・・・・・・・・・・・・・・・　　　　シェイクスピアの劇作は、エリザベス時代のものと　　ジェイムズ一世の時代のものとに、分けられるように思われます。　　つまり、前者は、シェイクスピアが楽しくワインを飲むことができた昼の時代の作品であり、　　後者は、彼が不健康な火酒を飲んでいた夜の時代の作品だということです。（引用31頁）・・・なるほど、エリザベスが没し、ジェイムズ一世の、夜の時代の到来を暗示する作品。それが大傑作「オセロー」「リア王」「マクベス」だったのだ。ジェイムズ一世といえば、上の引用のエピソードでも解るが、アイリッシュウイスキー「Bushmills」ブッシュミルズの免許も与えた。これがアイルランド最古の蒸留所＝オールドブッシュミルズだ。1608年の出来事だから、オールドブッシュミルズはことし免許公認400年という事だ。ワインの急激な高騰により、シェイクスピアが飲んだ「不健康な火酒」が、まろやかなブランデーとなるまで、また、ウィスキーが熟成を加えて、今日の旨いシングルモルトに進化するまで、まだ、ながい時間が必要であった。しかし以後世界は、ワイン・水・エール・ビール・蒸留酒・・・、そしてコーヒー・タバコ・紅茶・チョコレート等をめぐって、おおきく動き始めるのだ。</description>
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<category>■ＢＯＯＫ</category>
<pubDate>Wed, 21 May 2008 23:06:50 +0900</pubDate>

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<title>■命の水の苦難</title>
<description>ながい時間の荒波を潜り抜けるように、オークニー島には多くの伝説が生きている。出来事を忘れ去らずに残してゆく、「文化」の蓄積がある。それは、語るべき「場所」と、語るべき「人」と、そして潤滑油のような、旨い「酒」があるからなのであろうか。こんなに小さな島なのに、「ハイランドパーク」「スキャパ」という、個性豊かな、二つのウイスキーが存在する。・・・（4/10）――今夜は、そのオークニー島で生きた、ひとりの詩人の掌編から・・・。■命の水の苦難　　　　　最近クオレイのウイスキーについていろいろ言われているが、　　本当のところ、その島には何種類かの違ったウイスキーがあった。　　　　　　シーターのトムのウイスキーは、のどを通る時ブローランプの炎のようだった。　　そのわけはシーターにはウイスキー作りの伝統が無かったからだ。　　トムはあちこちから技術的な知識の断片をあさったにすぎなかった。・・・（中略）　　　　　　　だれもポール・ペイキーのウイスキーを飲む機会がなかった。　　彼と（暗くてもてない）彼の三人の息子たちが自分たちで全部飲んでしまったからだ。　　ペイキーの連中が酔っ払うと、前よりもいっそう陰気くさくなるので、　　良質のウイスキーとは言えなかったろう。・・・（中略）　　　　　クオイレイでもっとも有名なウイスキーは、　　恐らくビーナ・ビユーズという鶏の世話をする女が作ったものであろう。　　数世代にわたって歌い継がれたバラッドのように、　　昔ながらの決まった、伝統的な製法に従って作られた。それは・・・（中略）　　　　　　　　ヴオーズのティンカーたちもウイスキーを作った。　　それについては話さないほうがいいだろう。何の容器も使わずに、・・・（中略）　　　　　　　ノア・フォルスターは教養ある人々の問でたしなまれるウイスキーを作った。　　地主はキーリーラングのピートの香りがするといった。　　教師のシユワード先生はクオイレイの穀粒の持つローム質の独特な味わいを探し当て、　　一口含むごとに収穫の黄色い波のように舌に打ち寄せる・・・（中略）　　　　　　ある朝、スウェイン・ジョンストンは納屋に入り、蒸留途中のアルコールを小川に流し、　　大きなハンマーを取り出して、銅製の蒸留器を順次たたいて光沢の塊にした。　　　　・・・（中略）　　間接税担当官が山の方にやってくるのを目にしたからであった。　　それは間接税担当官ではなく、新任の牧師であることが分かった。　　スウェインは家に入り、新任の牧師とお茶を飲み、　　政治と天候について一時間丁重に話をした。　　その日以降、彼は決してウイスキーを作らなかった。　　小川のアヒルは一過間酔っていたそうである。　　　　　　　　　耳の聞こえないチェックのウイスキーは好ましい味をしていたが、　　いつもあまり寝かせないうちに飲まれてしまうのだった。　　「極めて古いオークニーウイスキー」　　とチェックは土曜の夜にやって来る農夫たちに言っていたが、　　実際は六、七週間しか寝かせていなかった。　　それは冬の日差しの色をしていた。・・・（中略）　　　　＊　　　　　　　　＊　　　　　　　　＊　　　今日では、十字路のところに、　　ダルキース出身のマクファーリンとかいう人の酒類販売認可の食料雑貨店がある。　　その店で、島の人々は封印したボトルのウイスキーを、　　一本二ポンド一シリング六ペンスで買っている。　　　　　　　　【『愛のカレンダー』ジョージ・マッカイ・ブラウン短編集より。山田修訳　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＝あるば書房刊（2003）より引用】ジョージ・マッカイ・ブラウンの掌編は、いっけんして、ありふれた暮らしのエピソードのように見える。しかし、じっくりと読むと、じつに味わい深い雰囲気が、背景に秘められている事に気付く・・・。第一短編集「愛のカレンダー」の中から、ほんの50行たらずの、掌編であるが、あえて中抜きして【引用】した。何が言いたいのか。是非ジョージ・マッカイ・ブラウンの「本」を読んでいただきたいという思いが一つと、このように、昔はウイスキーも、漬物をつけるように、あちらこちらで造られていたという話が一つ。そこに税金が絡んで、量的把握が必要となり、たまたま隠匿されて樽熟成を加える・・・。そして長い「密造酒」の時代を経て、ウイスキーは熟成されて進化した・・・。とは一般の本に書かれていることだ。確かにそうかもしれないけれど・・・、ちょっと待てよ。という気持ちがある。「密造酒」なんて呼ぶのは、「税金」を取り立てる側の呼称であるはずで、「税金」でがんじがらめになっている、われわれが使う言葉ではないのではないか。・・・なんて思いながら、グラスをかたむけ、長い歴史の空白を、あれこれ想像したりしている。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）</description>
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<category>■ＢＯＯＫ</category>
<pubDate>Tue, 22 Apr 2008 23:18:22 +0900</pubDate>

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<title>■「私の食物誌」より</title>
<description>モルトウイスキーも、ひと通りの経験を加えると、ついつい固定のイメージが出来てしまう。するとバイイングも、「何だか新鮮味がないなあ」と、マンネリと背中合わせとなる。しかし、そんな思いに駆られるときは、かならず世間に出回っている魅力的な、ボトルを発見する「時」でもあるのだ。そこに、「酒」の世界の、不思議な奥行きがある。伝統に偏りすぎず、トレンドに偏りすぎず、それをうまくコントロール出来れば好いのだが・・・。世間には旨い酒が、かならず在る。素人でも、それだけは経験の蓄積で断言出来る。たまたま、お目にかかっていないだけのことだ。だから、ＣＬＵＢの仕入れ担当としては、素人なりにも、バイヤーとして現役を張るには、自らのチェックを怠ってはならないのだ。少なくとも、月に一･二度は、他のゲストのいない時間に、ＣＬＵＢでモルトと真剣に向き合う時が必要となるのだ。そして、しばらくブランクのあるボトルの、特性などを再かくにんするのだ。たまには、本棚の奥に埋もれている、若い頃読んだ、茶色くなった文庫本などを、拾い読みしてみる。そして、書かれていることの意味を、再認識したりしている。　　■『私の食物誌』吉田健一著より　　酒の味その他　　　例えば最良の年などということを言うのはひどく不景気なことのように思われる。　　もし或る人間にとって或る年が最良ならばそれまでの年もその後もその年に及　　ばないことになって、殊にこれから一生の間もうその年程の思いをすることはな　　いのだというのでは生きていることの意味も先ずないのに近くなる。　　それと同じことが酒に就ても言えるので、その上に酒ではそのことがもっとはっ　　きりしている。これから先のことは知らず、もし今までのうちで或る時飲んだ酒が　　一番旨かったならば、それはその時だけ酒を飲むべき形で飲んだのであって、　　酒はもしそれが酒の名に価するものならばいつでも飲み方に気を付けるだけで　　何ともかともという味がするように出来ている。　　その何ともかともを言い換えれば何とも旨いということで、それは一番旨いという　　ことであり、酒はいつでも今が一番旨いと思って飲むのでなければ嘘である。　　又無理にそう思わなくてもそういう風に旨いのでなければならない。　　　　　大体、一番いいだの旨いだのというのがかなりみすぼらしいものの考え方を示　　している。誰が自分の最良の年を目指して生きて行くだろうか。　　　　　　（以下略）　　　【中公文庫1975刊189頁より引用】</description>
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<category>■ＢＯＯＫ</category>
<pubDate>Sun, 20 Apr 2008 19:49:01 +0900</pubDate>

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<title>■仰ぎて山を観れば</title>
<description>仰ぎて山を観れば、厚重にして遷らず、俯して水を見れば、汪洋として極りなし。仰ぎて山を観れば、春秋に変化し、俯して水を見れば、昼夜に流注す。仰ぎて山を観れば、雲を吐き煙を呑み、俯して水を見れば、波を揚げ瀾を起す。仰ぎて山を観れば、巍としてその頂を隆くし、俯して水を見れば、遠くその源を疏く。山水に心なく、人を以て心と為す。一俯一仰、教に非ざるはなきなり。　　　仰観山　厚重不遷　　　俯見水　汪洋無極　　　仰観山　春秋変化　　　俯見水　昼夜流注　　　仰観山　吐雲呑煙　　　俯見水　揚波起瀾　　　仰観山　巍隆其頂　　　俯見水　遠疏其源　　　山水無心　以人為心　　　一俯一仰　莫非教也――『言志後録』（155）佐藤一斎（1772―1859）　　　　（日本思想体系46「佐藤一斎　大塩中斎」岩波書店刊1980より）</description>
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<category>■ＢＯＯＫ</category>
<pubDate>Sat, 19 Apr 2008 22:05:03 +0900</pubDate>

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<title>■水の旅人</title>
<description>十勝は温泉がいっぱい。住宅地の中にも、クルマでちょっと遠出した山の中にも、魅力的な温泉が点在する。・・・ここは、十勝地方のある温泉の露天風呂。残雪の山肌に響く小鳥の囀りを聞きながら、のんびりと骨休め。仕事疲れの気分転換に、温泉はリフレッシュできる。それにしても、ニッポンは「水の国」だね。・・・と、ふと想うのである。こんなに豊かに、「水」に恵まれた「国」も無いのではないだろうか・・・。シングルモルトを廻って、歴史をちょっと齧ると、あらためてそんな事を実感する。「酒」を廻る旅は、「水」を廻る旅でもある。「水」に恵まれたところ＝「気候風土」に恵まれたところ＝「豊かな土地」。そこには「強力な国家」は出来ない、というか必要ない。巨大な土木事業の必要性も、本来はないからなのだろう。･･････・・・・・・・・・そんな事とは、まったく関係無い話だけれど、最近読んだ一冊の本に、遅ればせながら、えらく共感した。「水」をめぐる旅ではないが、いまのニッポンをめぐる「本」の森をさまよって、ようやく辿り着いたという感じの「本」。・・・ぐちゃぐちゃに手垢に染まった「言葉」が、ひとつひとつ洗われて、その「言葉」の持つ意味本来の姿に再生されてゆく、そんな出来事に立ち会うような、・・・すばらしい「本」です。■【ジャパン・レボリューション「日本再生」への処方箋】　正慶孝　藤原肇共著。　清流出版　2003年刊</description>
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<category>■ＢＯＯＫ</category>
<pubDate>Sun, 13 Apr 2008 12:09:57 +0900</pubDate>

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