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<title>RYU'S CLUB NEWS</title>
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<description>モルトウイスキーを愛好する北海道十勝の異業種交流会からのお便り。</description>
<language>ja</language>
<pubDate>Thu, 21 Feb 2008 10:32:21 +0900</pubDate>
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<title>■「ウスケバ」ブログＢＡＲ巡礼</title>
<description>いつも、「ウスケバ」ブログでお世話になっております。「バイヤー君」を名乗るものです。風の吹くまま、気まぐれに、旅をしながら、勝手なブログを記しておりますが、そんなヨタ話でも、ＣＬＵＢの皆様には「寛容」のココロで、眺めてくれてありがとうございます。また、「ウスケバ」ブログの皆様も、しばしば、アクセスが少ない当ブログを訪ねてくださり、ありがとうございます。コメント等もお寄せいただいておりますが、「コメント」には、「ノーコメント」の身勝手をお許しください。ブログをちらちら眺めるにつけ、「ウスケバ」に登場する、がんばっている「ＢＡＲ」へ、勝手に親近感を抱いて、いつかお邪魔してみたいなあ。という思いも募るものであります。「ウスケバ」ブログは、特に関西地区が中心で、活性化しているようですが、そんな「ウスケバ中心地」の、関西等へ仕事等で出かけた折は、ちらっとウスケバＢＡＲへ寄り道して、都会の空気を味わう事も、いいんでないかい・・・。「いいんでないかい」とは北海道弁です。（◎▲◎）こんな顔をした、見慣れない中高年が闖入した折は、仕事のお邪魔にならない様に、一杯飲んでサッと引き上げますので、ヨロシク。それで、話のテーマは「ウスケバ」ブログＢＡＲ巡礼・・・。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）　　　　　　　　　　　　　　　　　☆最果てロマン「シロクマ君」の写真より。　　　　　■そんな訳で、バイヤー出張不在の折は、　　　ブログも途切れ途切れとなりますが、　　　そこで、援軍が現れました。　　　　　　ＣＬＵＢの皆様にはおなじみの、　　　サッポロ在住の「シロクマ君」です。　　　　　　　ブログ設定がいまひとつわかりませんので、このまま　　　「☆シロクマ君」も登場します。　　　よろしく・・・・。</description>
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<category>■ＪＯＵＲＮＹ</category>
<pubDate>Sun, 09 Nov 2008 10:36:42 +0900</pubDate>

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<title>■ヴェネツィアへの旅の誘い</title>
<description>車窓いっぱいに潟（ラグーナ）が拡がり列車はゆるやかにサンタ・ルチア駅へ到着します。はやる気持を抑えるように人々は足早に改札へと急ぎます。ヴェネツィアは、いつ訪れても「夢の都」――　　　サンタ・ルチア駅を一歩出ると、目の前は大運河（カナラッツォ）。ヴェネツィアの目抜き通りです。船着場には次々と、水上バス（ヴァポレット）が到着します。人々のざわめきの上を、教会の鐘が時を告げます。その澄んだ音色を耳にした瞬間、旅人はここが現代の車社会とは異質な「夢の都」であることを実感します。舟か歩行かの移動手段しかないヴェネツィアの暮らしは、実際に住む人々にとって、大変な不便でしょう。しかし800年も続くヴェネツァの佇まいは、今日の車社会が、たかだか100年にも満たない出来事なのだとでもいうように、旅人を魅了し続けます。・・・ヴァポレットは博物館のような建築物（パラッツォ）の立ち並ぶ河岸の風景に沿って、40分程で、サン・マルコへ到着します。世界中の人々を魅了する街ヴェネツィア。サン・マルコ広場を中心に迷宮のように交差する路地。カフェから流れる音楽――。人々のざわめきが引いて、夜の帳が降りるころ、空には星が瞬いて、ヴェネツィアはもうひとつの、美しい顔を見せるのです。石畳に響くの足音にあわせて、パバロッティの歌声が浮かぶようです。　　♪M’apparì tutt’ amor, il mio sguardo l’incontro,  　　♪bella si che il mio cor, ansioso a lei volo mi feri,・・・　　　私が恋のとりこになった、　　　あの人に初めて会った時から、　　　あまりの美しさに、私の心は一目で燃え上がった。　（石井宏訳）　　　　　　　――『夢のように』フロトーの歌劇「マルタ」より　　Act3=Lionel　　　■1648年サン・マルコ広場の一角にヨーロッパで初の喫茶店が生まれた。　　　古来欧州に入る砂糖貿易の中心であったヴェネツィアで、　　　イスラムの苦い「コーヒー」と「砂糖」が合体した。　　　以来コーヒーとケーキは分かち難い運命を荷ったのである。　　　　　――臼井隆一郎著「コーヒーが廻り世界史が廻る」より。写真のカフェ「フロリアン」は1720年の創業。この広場からヨーロッパ中に「カフェ」の文化は拡まっていったのですね。11月も中旬を過ぎ、ホテル料金が通常の半額程となる頃、OFFシーズンのＶＥＮＥＺＩＡを、また訪ねてみたいものです。</description>
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<category>■ＪＯＵＲＮＹ</category>
<pubDate>Fri, 07 Nov 2008 15:42:16 +0900</pubDate>

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<title>■『不許飲酒』の碑。</title>
<description>――たまたま月曜日の午後、時間が空いたので、東京へ戻る前に、京のＪＲバスに乗って、栂尾の高山寺を再訪することが出来た。色づきはじめた、高雄神護寺の紅葉を眺め、清滝川に沿って歩いてゆく。都心から僅かの時間で一変する、周山街道の山峡の空気を喜びつつ、美しい日本の風景を再認識した。■高山寺のパンフレットによれば、1986年アッシジの聖フランシスコ教会と高山寺がパウロ二世の祝福を受け、ブラザーチャーチの約束を取り交わしたとある。ロッセリーニの傑作にある「神の道化師フランチェスコ」も、明恵上人と同時代人だったのだ。ヨーロッパでは十字軍の傭兵からテンプル騎士団が成立し、一方でユダヤ人の追放も始まり、歴史は今日の金融ネットワークへと脈々と繋がる。その頃、イタリアではフランチェスコ派が生れた。日本では、壇ノ浦で平氏が滅び鎌倉時代が始まる。――リスや小鳥に囲まれた明恵上人の「樹上坐禅像」とともに、ジョットの「小鳥に説法」する聖フランチェスコの絵画に、両聖人の慈悲のこころが象徴されている。高山寺は、また日本のお茶の発祥地としても知られている。中国からお茶を伝えた栄西（ようさい）禅師から、明恵上人にお茶の種が贈られ、お茶はここから宇治へ移植されたのだと言う。いまでも、日本最古の茶園が残っている。その遺香を伝える「遺香庵茶室」のそばに、『不許飲酒』の石碑を見つけて、おもわず、立止ってしまった。バイヤーだもの。うーーーーん。イケマセンカ。　　　――或る時、上人久しく冷病に侵されて不食し給ひける比、　　　医博士和気の某、訪ひ申さん為に参りたりけるが申しけるは、　　　此の御労はひえの故也、山中霧深く、寒風烈しき間、　　　美酒を毎朝あたためて少しづつ服せしめ給はば宜しかるべき由申しければ、　　　　　上人仰せに云はく、　　　「法師は私の身にあらず。一切衆生の為の器也。　　　仏、殊に難処に入りて誠め給ふも此の故也。　　　　・・・・（中略）　　　三宝の擁護により病愈え、命延ぶべし。　　　さあるまじきに於いては、仏の堅く誠め給ふ　　　飲酒戎をば犯すべからず。　　　　・・・・（中略）　　　予若し薬の為に一滴をも服せば、　　　何事がな、かこつけせんと恩ひげなる法師共、　　　故御房も時々酒は吸ひ給ひしなんど云ひ、　　　ためし引き出して、此の山中さながら酒の道場となるべし。　　　仍りて斟酌無きに非ず」　　　と云々。　　　　　（梅尾明恵上人伝記　巻下より）――あっちゃーーーー。キビシイ話であります。しかし、何か救われる話は無いのでしょうか・・・。　　　人は　　　阿留辺幾夜宇和（アルベキヨウワ）　　　と云ふ七文字を持つべきなり。　　　僧は僧のあるべき様、俗は俗のあるべき様なり。　　　　　　　　（梅尾明恵上人遺訓）――はい、わかりました。明恵上人。なんだか、ほっといたしました。それでは、これから山を降りて、ＢＡＲでシングルモルトでも飲みにゆきます。</description>
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<category>■ＪＯＵＲＮＹ</category>
<pubDate>Wed, 05 Nov 2008 23:27:18 +0900</pubDate>

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<title>■知床旅情　</title>
<description>――すっかりご無沙汰いたしておりますうちに、秋もだいぶ深まってまいりました。CLUBの皆様お元気ですか。ブログも日々の雑用に追われて、遠ざかると、ずうーーと途切れてしまいますね。そんな訳ですから、身辺雑記でお茶を濁しましょう・・・。バイヤーは、久しぶりで再会した、親類を案内して、秋の一日、知床へ足を伸ばしました。朝の知床峠は、快晴です。足元の光る海のむこうは「北方領土国後島」ちょっと高く見えるのが泊山です。それでも視界に入るのは、国後島の四分の一程でしょうか・・・。世界遺産「知床岬」は、きょうも観光客で賑っていますが、バイヤーにしてみれば、観光地はおなじみの風景。あまり興味は湧きません。観光地よりも、むしろ車窓に広がる刻一刻と光を受けて変化する、オホーツクの海に感激するわけです。きょうは、モヤで見えませんが、知床半島の眺めは、春先の網走辺りからが最高ですね。そして、知床のお土産は何。と問われて、まず、推奨の「メンメ（キンキ）の一夜干し」を求めましたが、この季節は見当たりません。それで次なる推奨品は、何といっても「厳選・羅臼・真ホッケの一夜干し」特大サイズ。・・・うーん。美味い。ホッケにもいろいろありますが、これは絶品。一同、黙々とホッケの開きを堪能致しました。以上。</description>
<link>http://ryus.usukeba.com/e26223.html</link>
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<category>■ＪＯＵＲＮＹ</category>
<pubDate>Mon, 20 Oct 2008 22:42:56 +0900</pubDate>

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<title>■タウシュベツ川橋梁にて　</title>
<description>ここは旧国鉄士幌線のアーチ橋跡だ。ダム建設に伴い、半世紀前にルート変更され廃用となったが、その後士幌線も、全線廃止となり20年が過ぎた・・・。近代の発展と共に、山を越え、谷を越えて、拡がった北海道の鉄道網は、民営化と共に、無残ともいえる姿で、切り捨てられて廃線となった。クルマ社会は、さらに追い撃ちをかけるように、地方から、公共交通を奪い去った。「赤字・非効率」という、聞いた風なコトバが大手を振って、地方は切り捨てられてゆく・・・。そうして、いまでは人影も疎となってしまった、過疎の町で、やたらと立派な「公共施設」ばかりが目に付いている。なんなんだこの国は・・・。</description>
<link>http://ryus.usukeba.com/e25757.html</link>
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<category>■ＪＯＵＲＮＹ</category>
<pubDate>Thu, 09 Oct 2008 11:20:00 +0900</pubDate>

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<title>■秋の物語　能「野宮」（ののみや）</title>
<description>――日に日に、秋も深まりをみせております。会員の皆様、如何お過ごしですか。CLUBは今夜も、閑古鳥。カウンターで、モルトを愉しみながら、うつらうつらしているうちに、なんだかまた、ノーテンキなハナシに、なってしまいそうです・・・。季節は「芸術の秋」。秋の夜長ということで、調子にのって、今夜は酔狂にも、源氏物語の女・六条御息所をご紹介いたします。物語は、晩秋の嵯峨野へ飛びます。　　――花に馴れ来し野の宮の、秋より後は如何ならん。源氏物語「夕顔」「葵」「賢木」を題材とした、金春禅竹の能「野宮」（ののみや）は、光源氏を愛した六条御息所（ろくじょうのみやすどころ）の心のありさまを、ひたすら内面的に描いた名作です。十六歳で東宮妃（皇太子妃）となり、なんと二十歳ですでに未亡人となった御息所は、光源氏の誘惑に負け恋に落ちます。そのとき、源氏十七歳、御息所なんと二十四歳。しかし御息所の幸せはまたしても短く、心変わりする源氏を取り巻く夕顔や葵上に、嫉妬を感じ始めたとき、源氏との愛が成就するものではないと察し、娘の伊勢斎宮とともに、自らも伊勢へ下る決意をするのです。この斎宮のために穢れを避け、身を清めるためにこもる斎宮の宮が「野宮」です。　　＝斎宮（さいくう）とは天皇が即位する毎に、社会とは隔絶されて伊勢神宮に遣わされせる未婚の内親王のこと。――舞台は物寂しい晩秋の嵯峨野。旅の僧の前に現れた里女は、野宮の由来を語り、光源氏と六条御息所の「野宮の別れ」（源氏物語『賢木巻』）の日が今日にあたること、自分がその御息所自身であることを告げて、黒木の鳥居に姿を消します。――後に、僧の回向で、姿をあらわした御息所の霊は、正妻葵上との車争いの無念や、源氏との逢瀬のせつなさを舞い、やがてまた、火宅の門へ消え失せるのでした――。　自ら断ち切る源氏への哀しい思慕と、たち消えぬ情念の妄執。深く愛する故に深く迷う御息所の淋しさが、晩秋の寂寥の中で静かに溶け合ってゆきます。「源氏物語」は1000年前の話。そして450年のちに物語は能「野宮」へと昇華します。そしてさらに550年後の今日、能の舞台をとおして、光源氏を愛した、ひとりの女性・六条御息所の、心の移ろいに想いよせて、深い感銘を覚えるのです。六条御息所というひとりの女性をめぐって、このように深化する物語の奥ゆきと、この国の文化の伝統を、巡る季節の中でふと想い起こしました。　　　　――野の宮の、月も昔や、思ふらん。　　　　　影さびしくも森の下露。　　――身の置き所も　あはれ昔の、庭のたたずまひ、　　　　　よそにぞ変わる、気色も仮なる、小柴垣、　　　　　露うち払い、訪はれし　われも、その人も、　　　　　唯夢の世と　ふり行く跡なるに、　　　　　唯松虫の音は、りんりんとして　風茫茫たる　野の宮の夜すがら、　　　　　なつかしや。　　　　　　　　　　　　　　　　《参考文献》　「天の花　淵の声」能界遊歩＝小川国夫著　角川書店刊　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「源氏物語と能」＝馬場あき子著　婦人画報社刊　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「謡曲全集」＝野上豊一郎編　中央公論社刊　</description>
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<category>■ＪＯＵＲＮＹ</category>
<pubDate>Wed, 08 Oct 2008 20:21:41 +0900</pubDate>

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<title>■ここがへんだよ「最後の晩餐」</title>
<description>■「楽しいこといろいろ」《か》さん。コメントありがとうございます。さっそく「芸術新潮」を買いにゆこうとしましたが、今月は須賀敦子さんの坂道のはなし。・・・いいなトリエステの坂道。なんだヴィーナスは4月号か・・・残念。そこで「楽しいこといろいろ」のブログをチェックさせて頂きましたら、ティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」が表紙の芸術新潮4月号が、3/31の記事に出てきました。・・・これですか。いつか、図書館でもいって拾い読みしてみます。ありがとうございました。（◎▲◎）・・・と言う訳で、きょうもCLUBは閑古鳥。カウンターで、モルトを愉しみながら、ヨタ話をしているうちに、酔いも手伝って、なんだかまた、ノーテンキなハナシに、なってしまいそうです。・・・季節は「芸術の秋」。秋の夜長ということで、調子に乗って、テーマは、「ここがヘンだよ。最後の晩餐」はなしは、以前訪ねた世界遺産「最後の晩餐」へ飛びます。・・・タクシーを拾って「サンタマリアあれ何だっけ・・・ダヴィンチ」というと、「デッレ・グラーツィエ」と運転手が教えてくれた。「そう、グラーツィエ、グラッツェ」といって、サンタマリア・デッレ・グラーツィエ教会へ着いた。見学者は教会の回廊を抜け、空気フィルターを通過し「最後の晩餐」と対面する。20年に及ぶ洗浄修復作業を終え、500年の時を経て姿をあらわした『最後の晩餐』（421×903）は、壁画の一般的な画法、「フレスコ画法」ではなく、「テンペラ画法」で描かれている事が判った。制作中でも、試行錯誤を繰り返したレオナルドには、壁面に漆喰を塗り、それが乾かないうちに手際よく描かなければならない「フレスコ画」は向かなかったという。描き直しの可能な「テンペラ画」こそ、レオナルド絵画理解の鍵でもある。しかし、この方法は、画の表面が呼吸しないために湿気に弱く、完成まもなく劣化が始まる。そして幾度も修復という上書きが施されてきたのだ。教会の食堂のガランとした空間に描かれた壁画を見上げると、複雑に入り組んだ「手」の描写に困惑する。一人ひとりの手振りが意味ありげである。イエスの左に放置されたような腕は誰の腕だ。さらにヨハネの肩に掛る腕は誰のものだ。見るほどにデッサンが狂っているようで不自然なのだ。さらにイエスと空間を挟んで並ぶジョバンニ（ヨハネ）。と、説明されているのは明らかに女性である。マグダラのマリア・・・。だとしたらヨハネは何処にいるのだ。そう思う一方で、「手話」のようなボディランゲージを必要としたイタリア文化の歴史を想像し・・・、軽い気持で観に行ったはずなのに、500年の時を経て甦った問題作「最後の晩餐」は、なんとも落着かない気持にさせられるのである。そしてさっそく売店でポスター・解説書の類を購入した。下はそのポスターの部分である。 「はっきり言っておく。あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている。」弟子たちはだれについて言っておられるのか察しかねて、顔を見合わせた。イエスのすぐ隣りには、弟子たちの一人で、イエスの愛しておられた者が食事の席に着いていた。・・・（新共同訳・ヨハネによる福音書13裏切りの予告）下線引用者。ヨハネによる福音書にもちゃんと書いてある。次に、手の動きの意図するものの参考に、ダヴィンチの手記はどうなっているか、――「詩」は畢竟するに盲者に働きかける学。「絵画」は聾に働きかける学だと言ってよかろう。――「手と腕とはどんな働きにあたっても、それを動かす人の意図を出来るかぎり明瞭にすべきである。けだし自分の気持を興奮させた人は、あらゆる運動ごとに手振りによって気持を出してしまうからである。」・・・（「レオナルド・ダ・ヴィンチの手記上」岩波文庫195P・239P＝杉浦明平訳）なるほど。そして「イエスの血脈と聖杯伝説」を種本に、シオン修道会の秘密が公表されたと話題だった、「ダ・ヴィンチ・コード」である。この「事実に基づいた」ミステリーを読まなくてはならない。しかし物語は佳境に入ったところで、幾度も「フレスコ画最後の晩餐」と繰り返されて、「事実」に基づいてないじゃん、ダン・ブラウンさん。とまた落着かなくなるのである。・・・そんな事を考え出すと、壁画の劣化は、単に湿気の為だけではなさそうである。20年後には《湿気の為か、他の不都合の為か》既に破損し始め、37年後には《拡がったしみのほか何も見えない》。いや、むしろ「最後の晩餐」は消されたのであろう・・・。（◎▲◎）――イタリアの夏は暑い。石で造られた建築物に湿気が篭ると、サウナ状態となる。夏の旧市街は、昔は伝染病の巣となった。故に貴族たちは、街から離れる。それが「避暑」である。バイヤーも何処か涼しい所で頭を冷やそうと、グラーツィエ教会を離れた。街角の喧騒と照り返しを避けて、ひっそりと静まり返ったアンブロジアーナ図書館へ行った。併設された絵画館は、どの部屋にも制服の警備のおじいさんしかいない。足音がいちいち高い天井に反響する。大きな展示室に慎重に足を運ぶと、数十点の作品の中で、ひときわ異質な絵が目に飛び込んできた。そして思わず吸い込まれるように、その絵の前に立っていた。「レオナルド・ダ・ヴィンチ《ある音楽家の肖像》」。そうかこれもレオナルドか。やはり何かがヘンなのである。もっとも後に、この作品はレオナルド工房の作品であるらしいという事を、解説書で知ったのだが、多くの作品の中にあって、それと知らずに足を向けさせる何かが、レオナルドの作品には共通してある。それは目鼻立ちのデッサンの線が、微妙にずれている所為なのか・・・、赤い帽子が遠目にも不自然なのであった。 </description>
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<category>■ＪＯＵＲＮＹ</category>
<pubDate>Tue, 07 Oct 2008 20:12:03 +0900</pubDate>

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<title>■ここがへんだよ「ミロのヴィーナス」</title>
<description>きょうは月曜日。CLUBは閑古鳥。カウンターで、ハイランドパークを楽しみながら、担当のAYAさんと、ハナシをしているうちに、酔いも手伝って、なんだかノーテンキなハナシに、なってしまったのです。季節は「芸術の秋」。テーマは、「ここがヘンだよ。ミロのヴィーナス」はなしは、ずっと以前に訪ねたルーヴル美術館へ飛びます。・・・ルーヴルは今日も世界中からの観光客で賑っていることでしょう。 そして、多くの人が「モナリザ」の微笑みをガラス越しに見て「なるほど、モナリザや」と納得することでしょう・・・。 バイヤーも、あれもこれもと欲張って見ようとするものですから、広い館内で迷ってしまいました。 それでいったん観光ルートの出発点に戻り、人の流れについて行きますと、 「ミロのヴィーナス」に辿り着きました。 それで、人の輪の間から、ヴィーナスを見上げて、記念の写真を撮りました。家に帰り、「これが、ミロのヴィーナスや」と女房に自慢話をすると、 女房は写真を見ながら「ミロのヴィーナスって何だかヘン」と言うのです。 「どこがあ、これこそ正真正銘のミロのヴィーナスやで」 「・・・だって、胸と腰とお尻の辺りが」 「えっ、どうかしたか」 「初めて見たときから、それぞれ別人のように見えるの・・・」「ベツジン？」 「それに顔だって・・・、」「・・・胸の形からしたら妙に老けて見えるし、」 「若々しい胸に比べて・・・、」「ずんどうの腰とガッシリしたお尻は・・・、どう理解したらいいの」 「知るかい、そんな事。それって、どこかの教科書に書いてあったのか」 「べつに・・・、ただそう思っただけのことよ」「なんだかヘン」という女房のひと言で、「ミロのヴィーナス」に対する「謎」がにわかに深まりました・・・。 もし、時間がありましたら、あなたもヴィーナスをじっくり鑑賞して、あなたの見解を聞かせてください。 あなたの見解が「ヴィーナス誕生の謎」を解明するかもしれないのです。・・・・・</description>
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<category>■ＪＯＵＲＮＹ</category>
<pubDate>Tue, 07 Oct 2008 00:56:40 +0900</pubDate>

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<title>■「大雪山」きょうの雪景色</title>
<description>皆様ご無沙汰いたしております。バイヤーは今日、層雲峡を越えて、十勝へ戻りました。層雲峡で、お昼に「ザンギラーメン」を食べて、トンネルを越えて山道に入ると、フロントガラスに、あられが吹きつけ始めました。沿道の草叢はうっすらと「雪化粧」そこで、急遽、脇道にそれ、衝動的に「銀泉台」を目指した訳です。クルマの温度計はどんどん下がって、とうとう摂氏1度になりました。それでも、銀泉台へ着くと、紅葉見物の観光バスから降りたおばさんたちが、ヤッケに身を包んで、雪の中の紅葉を目指して歩いてゆきます。お互いに、ごくろうさんです。寒さですぐに戻る事でしょうが。お気をつけて・・・。こうして大雪山は今日から、永い「冬の時」が始まるのですね・・・。</description>
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<category>■ＪＯＵＲＮＹ</category>
<pubDate>Fri, 26 Sep 2008 21:20:47 +0900</pubDate>

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<title>■積丹半島にて　</title>
<description>海に開けた道沿いの、海と山の隙間に、僅かに車の止まれる場所を見つけて停車をすると、老人が話しかけてきた。――どうしたね。――ちょっと、小休止です。――ああ、いいよ。――そうか、ここはおじさんの「土地」なんだ。――隣は有料だけんど、ここは無料だ。――なるほど、空き地に「有料」って書いてある。そうか、この浜はキャンプ場なんだ。――そうだ。キャンプかね。――いや、通りがかりで・・・。――何処行くの。――何処？ああ、これから競馬に行くんだ。――何があるね。――札幌記念。クルマの中で、みんな「競馬新聞」読んでいるでしょ。――ああ、そうか。浜に突き出たこの建物は、オラのだ。――そうでしたか。コンクリの車庫は物置の屋根なんだ。でも此処で何するの。――ここで、海見るんだ。――海なら何処でも見れるじゃないの。――いや、此処でだ。オラの建物だから。――そうか。海を見る場所が決まっているんだ。――そうだ、オッカアと口論になると、此処で海見るんだ。――たまには、そういうこともあるでしょう。――いや、しょっちゅうだ。――・・・そうですか。けっこう恐いものがありますね。――そうだ。恐いもんだ。――前が海では、逃げ場もないし・・・。おじさんも気をつけた方がいいね。――そうだ・・・。――でも、海を見れば、諦めもつくね。海は広いから・・・。――そうだ・・・。――そうか、「海」はいつもおじさんの味方なんだね。――そうだ・・・。――じゃあ、競馬へ行くから。――じゃあ、気をつけて。――おじさんも、気をつけてね。お邪魔しました。――・・・・。</description>
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<category>■ＪＯＵＲＮＹ</category>
<pubDate>Tue, 09 Sep 2008 20:16:32 +0900</pubDate>

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<title>■栄啓期図とデ・キリコの不在　</title>
<description>ジョルジョ・デ・キリコの作品展を観たのは、1970年代初めの鎌倉だったような気がする。学生時代は、多くの美術展に足を向けたが、なかでも「富岡鉄斎展」と「デ・キリコ展」は、折にふれて、いまだに、ふと思い起こさせる何かがある。「富岡鉄斎展」は、そのスケールに圧倒されたが、鉄斎最晩年の作品、「栄啓期図」が忘れられない。栄啓期が山路を飄々と下ってくる。まるで萬有引力のままのように、ニコニコと満ち足りた自然な姿に、なんともこころ打たれるのだ。「栄啓期さん。何故そんなに楽しそうにしているのですか。」と孔子が訊ねると、栄啓期はニコニコと応えるのだ。　人として生れたこと。　男として生れたこと。　そして90歳まで生きたこと。　これをもって「三楽」という。と栄啓期が応えた。しかし栄啓期をして、「酒」の楽しみを知っていたならば、「三楽」とは言わず、「四楽」と言ったであろう。たしか、そんなような中国故事からの画賛であったように記憶するが、「栄啓期図」は、その後なかなか見ることが出来ない。・・・なるほど。それで、「三楽」という酒造メーカーがあったのであろう。いっぽう、現代美術に多大な影響を与えた、ジョルジョ・デ・キリコ。この作品展も圧倒的であった。時間が止まってしまったような昼下がりの不在感。これはいったい何なのだろうか。そんな思いが、宿題のように残ったままに、「時」は過ぎてゆく。それで、イタリアの美術館を歩くたびに、こころの片隅で、ガイドブックで、デ・キリコの収蔵作品を探して、歩いているのだけれど、どういう訳か、デ・キリコ作品には廻り合わないのだ。写真は、間違えて迷い込んだ、ベルガモの現代美術館の中庭。ここにも、デ・キリコはあるのだが・・・。人影もなく、昼下がりの静寂のなかで、光も止まっているようだ。いつか観たデ・キリコの絵画を思い浮かべながら、デジカメで、パチリと写した。</description>
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<category>■ＪＯＵＲＮＹ</category>
<pubDate>Sun, 17 Aug 2008 14:40:28 +0900</pubDate>

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<title>■ナキウサギとトマト</title>
<description>大雪山（ヌタクカムウシュペ）はアイヌ語で、カムイミンタラ『神々の遊ぶ庭』と呼ぶ。夏の晴れた日に、帰省した娘とキャンプをしながら大雪山へ行った。朝6時台は、先を急ぐ百名山団体ツアー客などでラッシュアワーの様子なので、それを見送ると、7時台のロープウエイはがら空きなのだ。この30分から1時間のちょっとした時差で、山は本来の静けさを取り戻す。黒岳まで登れば、あとは天候と体力次第。ロープウエイの最終便の日暮れまで、ちいさくて可憐な高山植物が咲き誇る、『神々の遊ぶ庭』を逍遥することができる。コンニチハ。コンニチハ。お先にどうぞ。お先にどうぞ。と日長一日、目的を放棄して、引き返せる範囲で逍遥すれば、カムイミンタラは、刻一刻と、また別な姿を垣間見せるのだ。それは夏の日の、束の間だけにゆるされる、至上の楽園でのひと時だ。御鉢平をぐるりと囲んで時計回りに、正面の間宮岳・中岳・北鎮岳・凌雲岳・桂月岳・黒岳・北海岳。よいお天気だから、とりあえず、北鎮岳辺りへ行ってみるか。そんな具合で、散歩をすれば、ハイマツの影で、あれ、鹿かと思う大きさの、キタキツネが大あくびして昼寝している。ガレ場の岩陰で、「ピチュ・ピーチュ」と声がする。あれ、ナキウサギさんでないの。・・・こんにちはナキウサギさん。・・・登山者さんお先にどうぞ。・・・いや行きません。写真撮るのです。・・・という具合なのです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ところが、先日のピョウタンの滝でも見かけた、「指名手配」のポスターを、カムイミンタラでも見かけた。「このハチみたらご一報ください！」＝セイヨウオオマルハナバチ。花に寄り添うミツバチよりもひと回り大きい、尻に白い特徴のあるこのハチは、トマトの受粉のために欧州から輸入された「外来種」だ。そこで、帰ってネットを調べると、　　　ミツバチは、ミツを吸う舌の長さが種類によって異なり、　　　吸う花の種類も違うと言われるが、　　　舌が短いセイヨウは開いた花びらから吸わず、　　　横から刺して吸うため（盗蜜）、体に花粉がつかない。　　　東大保全生態学研究室によると、　　　横に穴が開くと、在来のマルハナバチもその穴からミツを吸ってしまうという。　　　花は受粉できず、共生関係が壊れ、植生まで変える恐れがある。 　　　　　　　（asahi.com「恐竜以来の大絶滅時代か・・・」2008・6/10より引用）トマト収穫の省力化の為に導入された「外来種」が、栽培用のトマトハウスから逃げ出して野生化し、生態系の連鎖を脅かす。生態系の多様性は失われ、恵庭市ではすでに9割のハチがこの外来種となり、大雪山黒岳9合目でも発見されているという。そして廻り廻って、氷河期からの生き残りの、ナキウサギの餌となる植生をも、脅かしているというのである。　　「・・・農家のおじさんこのトマトのハチは」「ああ、セイヨウじゃないよ。昔トマト」　　「今のとどう違うの」「酸味があって、皮が薄い」「・・・なるほどね」『神々の遊ぶ庭』カムイミンタラで、細々と太古から生き残るナキウサギの世界にも、効率化という名の、人為的な、人間のエゴによる、グローバリゼーションの負の側面が、ひたひたと打ち寄せる・・・。</description>
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<category>■ＪＯＵＲＮＹ</category>
<pubDate>Wed, 13 Aug 2008 14:30:06 +0900</pubDate>

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<title>■ＹＯＵＫＯさんの店で。</title>
<description>久しぶりで、YOUKOさんのお店を訪ねました。コーヒーを飲みながら、窓の外に拡がる、暮れてゆく田園風景を、ぼんやりと眺めていますと、壁際の席で、ひとり軽食を取っていた、ご夫人も、いつの間にか居なくなっております。・・・ああ、もうこんな時間か。・・・そろそろ、お暇しなくてはね。・・・ほかに、お客も居なくなったし、ゆっくりしていきなさいよ。と、世間話がはじまりました。・・・そういえばあの人、その後どうしているかしら。・・・あれ、知らないんですか。・・・・・・・。・・・へえ、そうだったんだ。ぼちぼち、帰らなくてはと思いながら、ふたたび、時計に目をやると、なあんだ、まだこんな時間か。・・・そんなこと、ちっとも知らなかったな。・・・でも、あの頃、みんな若かったからね。・・・そういえば、あの時、あんな事もあったよね。・・・いまでは、みんな、思い出だね。・・・ここでは、いつもこんな話をしている。・・・そういえばそうね。・・・止まったままの時計のせいだろうか。・・・・・・・・・。・・・また、いつか、お邪魔します。</description>
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<category>■ＪＯＵＲＮＹ</category>
<pubDate>Tue, 29 Jul 2008 21:32:04 +0900</pubDate>

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<title>■ワンボックスジプシー　</title>
<description>むかし高度成長のハシリの頃、人々は、大きなリュックを背負い「カニ族」と云われ、北海道を旅した。「いい日旅立ち」とか、ディスカバーＪＡＰＡＮとかで、人々は、やはり北の大地、北海道を目指した。モトクロスバイクのツーリングがはやり、人々は、やはり夏の北海道のキャンプ場を目指した。いまそれらの人々も、おおくは定年後を迎え、山好きな人々は、駆け足で百名山を目指し、またクルマで転々と北海道の夏を満喫したりしている。夏が来ると、道の駅でも、山奥のキャンプ場でも、全国から大都会ナンバーが集まっている。それらのクルマには共通するパターンがある。グラビアから飛び出したような、如何にもブランド志向も誇らしげなキャンピングカー。いっぽうで多いのは、所帯道具を詰め込み、生活臭までも滲み出ているワンボックスカーだ。どちらも、何処となく場違いな雰囲気を漂わせているのは、重々しい装備の故であろうか。行き先の数を競うような、駆け足のイカレタ旅もどうかと思うが、目的を失ったように、その場に居座わってしまうと、それはもう「旅」とは云えない代物になってしまう。何年か前に、アメリカ映画に、ジャック・ニコルソンの「アバウト・シュミット」というのがあったが、あの光景がニッポンにも、すでに着実に押し寄せていたのである。海外ニュースの片隅で、高い固定資産税を払えない人々の、トレーラー暮らしの実態が紹介されていたが、経済の市場原理の洗礼を受けたまま、定年退職後も合理主義に身を委ねれば、「世間」のしがらみなども、メンドウに思えてくる事は容易に想像がつく。しかし、その合理主義が「家庭」までも蝕めば、そう思う束の間、「生活」はいとも簡単に崩壊してゆき、旅に病んで、行き着く処は、路上生活ということにもなりかねない。ある時、山奥の温泉宿に泊まっていると、山峡は集中豪雨に襲われた。やがて谷間には、打ち上げ花火のような爆音が轟き始めた。「山が鳴る」という事は、渓谷の巨岩が激流に流され、巨岩と巨岩が、あちらこちらでクルマの衝突のように激突し、暗闇の谷底に響き渡っているのであった。気が付くと、深夜の温泉宿の駐車場には、同じような軽のワンボックスカーが何台も集まって避難していた。それは無謀にも、山奥の何処かに何日も居座って、夜明かししていた、老夫婦たちのクルマなのであった。</description>
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<category>■ＪＯＵＲＮＹ</category>
<pubDate>Mon, 21 Jul 2008 19:16:48 +0900</pubDate>

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<title>■北の岬の夏　</title>
<description>わー逆光だ・・・。風もなく、穏やかに晴れた、夏の或る日。納沙布岬を訪ねました。北の海は昆布漁の最盛期を迎えています。岬の双眼鏡を覗くと、漁師の姿がクローズアップされます。双眼鏡を左へ移動させると、わー巨大なロシアの警備艇だ・・・。風景はにわかにフリーズされて、ここは北方領土の海なのです。・・・・・・・・・・。</description>
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<category>■ＪＯＵＲＮＹ</category>
<pubDate>Fri, 11 Jul 2008 07:36:33 +0900</pubDate>

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<title>■グランピアン山脈を越えて</title>
<description>スペイサイドの町、ダフタウンで旅の仲間といったん別れて、Ibarakiさんと共に、グランピアン山脈を越えていった。山越えの細い国道は地形に沿って造られている。ニッポンの道路をイメージしていると、ガツンとカルチャーショックに襲われる。大地に張り付くような道は、あくまでも地形のままに上下し、左右にふれるので、視界は妨げられ、結果、動物も犠牲となる。道端のあちらこちらに、ウサギがはねられている。気の毒に思っていると、やがて犠牲者は、ウサギから羊へと変わってゆくのであった。スコットランドの支配者は、幾度かに及ぶ、エンクロージャー（囲い込み）で、農民を追い遣り、広大な土地は、羊の牧場となった。そこで、遠隔地で暮らす地主は、ジェントルマンとなり、土地を追われ難民となり、都市部へ流入した農民は、やがて新大陸を目指した。牧畜によるテリトリー争いの宿命と植民地化。その原点が風景の中に見えてくる。大地は、徹底的に羊に食い尽くされ、荒涼とした風景となった。それで、わずかに残された森を、ネイチャートレイルとか言って大切にし、庭の芝生も、カーペットのように大切に扱う。スコットランドの風景は環境破壊の姿そのものなのだ。その結果、「道路」も「ゴルフ場」も、「ありのまま」という考えに至ったのであろう。食い尽くすだけ、食い尽くす、生活基盤の習い性は、常に新たなシステムや、場所を編み出さねばならない。ここに、事物の数値化は浸透し、産業革命は起こり、そしてこの西欧の「近代化」は、壊滅的な戦争に帰結しつつ、加速度的に世界を駆け廻っていまに至る。・・・木々が失われた大地は、一面の「ヒース」に覆われ、やっと白樺の林が見えて、ほっとすると、その木々の根元は、既にヒースに覆われているのであった。そんな光景を眺めるたびに、「アイアムヒースクリフ」という「嵐が丘」の一節を思い出していた。</description>
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<category>■ＪＯＵＲＮＹ</category>
<pubDate>Fri, 27 Jun 2008 13:57:14 +0900</pubDate>

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<title>■十勝岳温泉にて</title>
<description>皆さんこんにちは。お元気ですか。きょうの十勝地方は、気温29度。急に真夏の陽気となりました。北海道の短い夏をどう楽しもうか。今年の夏は何処へゆこうか・・・、あそこにも行きたい、ここも行きたい。と、あれこれ考えるわけです。「旅」の大切な要素のひとつは「温泉」。何処がどうだ。あそこはこうだ。とか言いませんが、やはり、シングルモルトファンとしては、ノンチル・ノンフィルのカスクのような「温泉」こそ、憧れの基準となるのです。いまでは一様に立派な施設がたくさんありますが、「おんせんオタク」歴30年の、中高年に言わせれば、幾つかのチェックポイントをクリア出来る場所は限られます。シングルモルトに親しむと、知らないうちに、「水」の鮮度や特性も嗅ぎ分ける様になってしまいます。・・・いいような、わるいような。ここは、標高1280ｍ、上富良野の十勝岳温泉。露天風呂に浸かりながら、目の前の十勝岳連峰を眺めていたら、峰峰は夕立に煙り、あっという間に、沢の水が露天風呂へ流れ込んできました。温泉が水浸しになるなんて、なんだかとても愉快。とおもっていましたが、やはり山の上ですから、温泉の水割りは寒いのです。窓の向うは、沢を挟んで、ドーンと上ホロカメットクの山塊が迫ります。四季折々の十勝岳連峰の風景も、そのときの天候次第の、美しいお楽しみですが、ここのもうひとつの楽しみは、上富良野町の向うに沈む、夕焼け空の美しさです。　　（十勝岳温泉「凌雲閣」さんでもらったテレカ）</description>
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<category>■ＪＯＵＲＮＹ</category>
<pubDate>Mon, 09 Jun 2008 19:09:44 +0900</pubDate>

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<title>■ハイランドパーク幻想</title>
<description>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</description>
<link>http://ryus.usukeba.com/e20296.html</link>
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<category>■ＪＯＵＲＮＹ</category>
<pubDate>Fri, 30 May 2008 23:10:04 +0900</pubDate>

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<title>■「イタリアの美しい町＝ベスト10」</title>
<description>今回ベルガモへ行きたいという、私のわがままに付き合ってくれた、ミラノの実業家の青年、エド君に聞いてみました。――これまで訪ねた北イタリアの街で、どこが一番よかったですか。　　　いわゆるパックツアーが行かない・・・。――パドヴァかな・・・。――そうか、ヴェネツィアのひとつ手前の、運河や植物園が在るとこね。――行って見ました？――いや、通り過ぎただけ。でも是非ゆっくり滞在したい街の一つです。――シエナ、ブレージャもいいですよ。パヴィアならすぐに行けるね・・・。そうして、あの街はどうか、この街はどうか、と話は弾みました。エド君も、ひとつひとつの記憶を確かめるように、街を吟味しています。エド君の推薦する街を、ガイドブックの地図に書き込んで、「イタリアの青年が推薦する＝イタリアの美しい町ベスト10」が出来上がりました。エド君は、美術・芸術・建築に造詣が深く、演劇集団にも所属しています。映画はエルンスト・ルビッチが好きで、村上春樹も愛読する文学青年です。ですから、彼の推薦する「イタリアの美しい町ベスト10」は間違いありません。機会を創って、是非、訪ねてみたいものです。①パドヴァ Padova　　　　　　　＝ヴェネツィアの隣、大学者の街。 ②シエナ Siena 　　　　　　＝フィレンツェからバスで1時間。町の中心は世界一美しいといわれるカンポ広場。③ブレーシャ Brescia 　　　　　　＝ミラノから列車で1時間15分。美しい噴水の街。④フェッラーラ Ferrara 　　　　　　＝ボローニャから列車で30分。エステ家の治めた芸術の町。⑤マントヴァ Mantova 　　　　　　＝ミラノからクレモナ経由で約2時間。北イタリアルネッサンスの中心地。⑥パヴィア Pavia 　　　　　　＝ミラノから30kmバスで約1時間。有名な傑作パヴィア修道院がある。⑦ジェノヴァ Genova 　　　　　　＝ミラノから列車で1時間半。地中海の王者として君臨した都市。⑧ボローニャ Bologna 　　　　　　＝ミラノから列車で2時間強。自由都市ボローニャ。歴史がいまに息づく。⑨レッチェ　Lecce （例外として、南イタリアから一つ選ぶとすると・・・）　　　　　　＝バーリから列車で3時間。南イタリアのなかで最も麗しい街。⑩ベラージオ（コモ） Bellagio 　　　　　　＝ミラノからコモは1時間。コモから30kmコモ湖が二股に分れる岬の美しい町。そんな訳で、ベルガモの丘の頂上、「サン・ヴィジリオの丘」の要塞に立って、タバコを吸いながら風に吹かれていると、またふらりと、山の向うの、知らない街を訪ねてみたくなるのです。</description>
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<category>■ＪＯＵＲＮＹ</category>
<pubDate>Sun, 18 May 2008 20:49:20 +0900</pubDate>

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<title>■日曜の朝の公園にて</title>
<description>あわただしいツアー客やビジネスマンも旅立ったようで、日曜日の朝は、ＨＯＴＥＬも、街の空気も、ゆったりと流れてゆきます。ＨＯＴＥＬの前が、たまたま公園だったので、朝の散歩に出かけました。ここはミラノ中心部の、プッブリジ公園Giardini Pubblici。犬を連れた人々が何処からともなく集まってきて、犬と一緒に運動しています。公園の一角が、イヌ君達の運動場（ドッグラン）である事がわかりました。「AREA RISERVATA AL CANI」処変わって、何処の街でも見かける、或る国の、或る街の公園。ひとけの無い公園に、立て看板が一際目立っています。理由は容易に想像できますが・・・。どうしてこうなってしまうのでしょうね・・・。なんて、ふと思う事が多い、今日この頃です。</description>
<link>http://ryus.usukeba.com/e19739.html</link>
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<category>■ＪＯＵＲＮＹ</category>
<pubDate>Fri, 16 May 2008 22:36:37 +0900</pubDate>

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